Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪大学の栄誉教授、ATR(国際電気通信基礎技術研究所)の石黒浩特別研究所所長を務めるなど、日本のロボット工学の第一人者にして、マツコロイドや美人アンドロイド・エリカの生みの親としても知られる石黒浩さん。イギリスのコンサルタント会社が選ぶ「生きている天才100人」に選ばれたこともある氏が、ロボットやアバターが活躍する近未来の百貨店像も探りながら、大丸心斎橋店を巡りました。
「面白そうなものがいっぱいありますね」
石黒先生がまず訪れたのは、大丸心斎橋店本館4階にある「MoMA Design Store(モマ デザインストア)」。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のミュージアムショップで、MoMAのキュレーターがセレクトする商品を置くショップです。
「これは、MoMAと関係あるの?」と、まず石黒先生が興味深げに手に取ったのは、クッション型セラピーロボットPetit Qoobo。スタッフいわく、もともとシニアの方のセラピー用に作られたものだそうです。
石黒先生はビーズクッションに携帯電話をさしこんだ抱き枕型の通信メディア「ハグビー」の開発をしたことがあり、触感と声が人に与える効果を研究していました。Petit Qoobo を持ちながら「音が鳴ったりするの?」とスタッフに問いかけます。
「音は鳴らないですけど、逆に音に反応して尻尾を振ります」というスタッフの言葉に、さらに「枕にするの?」と石黒先生。
枕やクッションに使う方もいて、アレルギーでペットを飼えない人が購入することも多いというセラピーロボット。人間のよきパートナーになってくれているのかもしれません。
「ここにはいろんな楽しいものがありますけど、今、新しいデパートの構想を考えていて…」
そう切り出した石黒先生は、これからの百貨店は、商品が生活の中でどのように使われるかを伝えていかなければならないと言います。
「商品を棚に並べて、さあ買えという売り方はそろそろ終わりかと思っています。例えば居間にこういうふうに置いてあったらというシーンが想像できるような、自然なディスプレイを考えないと」。
さらに、アート作品が並ぶ「モマ デザインストア」だからこそのアドバイスも。
「アート作品って、作家が作っていく過程でストーリーがあるので、それが伝わらないとなかなか手が出ない。その役割をアバターやロボットに委ねると、全然違う売り方ができると思いますよ」。
例えば、作品の前に小さなロボットやアバターがいて、作家の人と会話できるようになると、買う意欲が全然違ってくると先生は言います。
「作った人と繋がれる仕組みってすごく大事。アバターと会話して、制作者と繋がれる仕組みができれば、売場が全然変わると思う。作品のストーリーを伝えることによって、著名な作家だけじゃなくて、いろんなアーティストがいっぱい世に出てくるんじゃないかな」。
アバターというとヒットしたSF映画を思い出しますが、“分身”を表す言葉で、人が自分自身の分身を遠隔操作で会話できるもの。その姿形は、ロボットやCG、アンドロイドなどさまざまですが、こういうショップでCGやキャラクターを通して作家と話ができると、新たな買い物体験が生まれそうです。
工学者の石黒先生は、やはりテクノロジーを搭載するアイテムが集められたコーナーには自然に目が向きます。
「この宙に浮いている時計、Story Clockも普通に面白いし、このスクエアウェーブ キネティック モビールも大好きで、今、教授室に置いています」。
コロナ禍で生まれた商品として、ドアノブを開けるときやボタンを押すときなどに使うノータッチツール、ラストタッチを紹介するスタッフに、「僕も去年自分で作ったけど、この形は納得で、僕がやってもこうなるだろうな。引っ掛けることも押すこともできるし。これいいと思いますよ」と石黒先生。
ラストタッチやおしゃれなデザインのハンドスプレーなどの商品が置かれているのを見た石黒先生は、「今の時代に必要なものをちゃんと揃えている。これもやはりストーリーです」。
続いて訪れたのは、「1PIU1UGUALE3(ウノ ピゥ ウノ ウグァーレ トレ)」。
写真を見てもわかる通り、石黒先生が身につけているのは黒一色。他の色は一切身につけません。そこで、店長の笈田篤さんに、黒のおすすめアイテムをピックアップしてもらいました。
「うちのスーツは基本ほとんどブラックなんですが、これは、8月に発売されたジャージ生地で作った新しいジャケットです」と笈田店長は、トルソーに着せたジャケットを薦めてくれましたが…。
「ジャケットはあまり着ませんね。だいたいこの襟という存在がわからない。これはなんのために付いてるの? どこの国のなにもんやねんって感じですよ」と、いきなり辛口で切り込む石黒先生。思わず笈田店長もタジタジです。
「僕は、教授会でもネクタイしたことないからね。ネクタイに機能があるとしたらメガネ拭きぐらい? あとは、上司に引きずられるために着けているとか」と、先生独特の持論は続きます。
怒涛のような口撃にもめげない笈田店長。さらにおすすめを提案しようと、「うちのスポーツラインは、少し白が入るデザインもありますが、本来黒しか出してません。今並んでいるのはこれだけですけど、本当はもっと種類があって…」。
店長の話を聞いているのかいないのか、石黒先生は唐突に店頭の商品を見て言います。
「このシャツ、気になるね」。
この一言で息を吹き返した(?)笈田店長、ここぞとばかりに商品の魅力を説明していきます。
「今年の秋冬の新作プレーンシャツになります。ホリゾンタルカラーと言いまして、ホリゾンタルとは“水平”という意味なんですが、横に大きく開かれる襟ですね。開けた時に少し立体的に見えるのが特徴です」。
店長とのやりとりを聞いていても、身につけるものに対しての信条が全くブレない石黒先生は、20年前に一気に黒い服を30着〜40着買って以来、新しい洋服は買っていないそうです。そもそもどうして黒い服しか着ないのかを聞いてみました。
「一番大事なのは、服の色を変えないこと。人って名前や顔は変えないでしょ? じゃあ、なんで服をコロコロ変えるのかってこと。一瞬で認識できる一番わかりやすいアイデンティティでしょ」。
服の色は何色でもいいという石黒先生。知り合いに紫色の服ばかり着ている教授もいるそうですが…。
「紫はちょっと…黒は違和感ないし、一番機能的。下着も黒一色ですが、黒のパンツは何がいいかというと、火事に遭ってそのまま外に飛び出てもランナーに見える。白のブリーフだと捕まるけど、黒だと『あっ、マラソンしてるんかな』って見えるからね(笑)」。
魚介類の卸売業からスタートし、産地直送で徹底的に鮮度にこだわる「大起水産回転寿司」。大阪を中心に関西で31店舗を展開しますが、百貨店内にある店は大丸心斎橋店だけ。回転寿司店は、飲食店の中でも最もロボットやアバターが活躍できる場所の一つだと石黒先生は言います。
「飲食店ってね、こういう回転寿司のようなところと、すごく高級で人が接客するホスピタリティのあるところと2極化してるじゃないですか。この流れはもっと進むと思います」と石黒先生。
効率のいい接客が大事で、小さな店で単価も高いレストランならシェフが来て料理の説明をしてくれることもありますが、回転寿司のような多くの客が頻繁に回転する店は、それは難しいと石黒先生は言います。
「でもロボットやアバターだったら、それをやってくれるんですよね。一人で来て寂しく食べてる時や、なに食べていいかわからへんときとか、席のモニターに現れたアバターや、カウンターにいる小さなロボットが、『次の注文どうですか?』とか『今日はこのネタが新鮮でおすすめですよ』と話しかけてくれたら楽でしょ」。
うなぎが好物だという先生は、特大うなぎのにぎりを食べながら、「これ、うまいですね」と満足そう。
寿司をつまみながら、話はコロナ禍前のインバウンドにも及びます。
「回転寿司やファミリーレストランは、コロナ禍前ならもっとインバウンドのお客さんがたくさん来てたんですよ。だから英語やいろんな言語で会話ができるというのは、すごく大事なサービスだった。これもAIを搭載したロボットならできる」。
外国人客に対応する言語に関しては、百貨店のインフォメーションカウンターでも同様だと先生は言います。
「国際社会ではインフォメーションでも30〜40カ国語しゃべれないとダメだから、AIで接客したほうが問題ない。簡単な案内はロボットやアバターにまかせて、大事なお客さんが来た時だけ人が出てくるようにしたほうが、効率的で親切なサービスになると思います」。
百貨店でのロボットの活用法を説きながら、たこの唐揚げを「これおいしい」と平らげる石黒先生。
「僕たこ焼き大好きなんですよ。小麦粉とマヨネースとソースって、何食ってるんやという感じですけど。小さい頃からたこ焼きだけはよく食べます」。
さらに話は、これからますます進むであろう回転寿司店での機械化にも展開します。
「これから先、どんどんいろんな技術が導入されて人がやらなくていいことも増えます。高級寿司店で腕がいい職人が握るのと違って、むしろ機械が握る方が安心感につながる。今は、例えばバーナーで炙るという作業も機械でやりますからね。これからもっと機械が活躍する場所が増えていくと思いますよ」。
石黒先生の言葉を裏付けるかのように、実際に工学を学んだ人が回転寿司の機械に関わる会社に就職するケースが多いそう。アバターやロボット、テクノロジーによって、回転寿司店はますます進化していきそうです。
続いて訪れたのは、多くのアスリートが愛用する「airweave(エアウィーヴ)」。大丸心斎橋店では、自分の体に合うのはどのようなタイプなのか? i-body(3Dスキャナー体型測定機)で、アスリートを例に出しながら判定してくれます。
「『エアウィーヴ』のマットレスは肩、腰、足の3つのパートに分かれていて、それぞれ硬さを3段階で組み合わせることができます。このi-bodyで体重や体脂肪などを計測し、蓄積された豊富なデータと照合し、お客様に合う組み合わせを提案します。」と営業本部の佐野年成さん。
石黒先生も測ってみましたが、肩の部分はやわらかめ=1、腰は硬め=3、足が標準=2のマットレスがいいいう判定が出ました。これはアスリートでいうと卓球選手の石川佳純さんタイプです。
浅田真央さんや錦織圭選手なども遠征の際には、「エアウィーヴ」のマットレスを持ち歩いていると聞いた石黒先生は、「これだけ簡単に丸めて持ち運びできるのはいいですね。いつもの環境で寝れるという点でスポーツ選手にとっては大事ですから。和式の布団は持ち運びするのは大変だけど、これなら運びやすいし」。
石黒先生の睡眠時間は6時間ぐらい。畳のベッドに薄いマットレスを敷いて、エアコンで常に室温を24℃にコントロールしてるので、1年中同じ環境で眠りについているそうです。
「マットレスに一度寝転がってみてください。高反発で体をしっかり支えて寝返りが楽になります。人は一般的に一晩に20回から30回は寝返りをすると言われています。柔らかい素材では体が沈み込んでしまうので、寝返りがしづらくなるのですが、こちらは自然に寝返りができます」と佐野さん。
肩やわらかめ、腰硬め、足は標準の“1・3・2”タイプのマットレスに寝転がった石黒先生。
「普段寝ているマットレスもわりと硬めですが、これは弾みますね。でも一晩寝てみないと寝心地はわからないかな」。
「そうですよね。結構そういう方には、『エアウィーヴ』を採用いただいている旅館やホテルに泊まりに行っていただいたりもしています」と店長の三島忍さん。
出張の多い石黒先生は、早速東京で採用実績のある宿を尋ねます。「エアウィーヴ」のホームページでは一覧リストも掲載されています。
「あっ、このホテルにも入ってるんですか。今度泊まってみます」と石黒先生。一晩泊まることで、寝心地をしっかり体験いただけそうです。
続いて「ワコール ザ ストア」に訪れますが、実は「ワコール」は、石黒先生が手がける女性アンドロイド、エリカさんに下着を提供しています。
アンドロイドを通してのつながりに「お世話になっています」と挨拶する広報の山本圭奈子さんに、「おかげさまで、エリカも着けています。サイズもぴったりです」と石黒先生。
こちらの店は、全国のワコールのショップの中で17店舗だけ展開している「3Dスマートアンドトライ」というボディスキャナーを設置しています。
「小さなセンサーが組み込まれていて、150万カ所を立体的に計測します。3Dスキャナーって、今では他のアパレル会社さんでも使っているところはあると思いますが、ワコールはバストの容積を測るアルゴリズムを積んでいて、自分の体型の特徴やバストのサイズが割り出されます」と山本さん。
「測るときは裸ですか?」と言う石黒先生の質問に、「いえ、紙製のブラジャーをつけています」と山本さん。
「アンドロイドを作るときもそうなんですけど、肌がどれぐらいたるんでいるかも考慮します。そのまま作ってしまうと、服を着た状態では不自然な形になったりします」。
この「3Dスマートアンドトライ」では、計測用の紙ブラジャーで軽く持ち上げた状態で測ることで、より精度の高い結果が出るそうです。
「これが前、後ろ、上から映したデータです」。
山本さんがiPadで、スキャンした身体のデータの説明をするのを聞いていた石黒先生、ふと未来に向けての提案をしてくれました。
「こういう店で体のサイズを測るだけじゃなくて、MRIも全部撮って医療データにしてしまうこともできますよね。人間ドックに行く感覚で定期的に測っておくと、オーダーメイドの仕上げはいつでもできる。骨まで測れば、姿勢を整えるのにどういう下着がいいとかもわかる」。
下着はほとんど医療器具に近い存在になっていくだろうと言う石黒先生。下着に上着を合わせたり、こういう体型にはこういう化粧、髪型が合うとか、下着から全てが始まるとも言います。
「こういう店が医療センターみたいになれば楽チンなんですよ。わざわざ病院に行かなくても、デパートで1回データを取ったら、下着から化粧品まで、その日のうちに買うもの全部が揃うし、身体のケアもできる。これからそういう時代になってくんじゃないかな」
「3D スマートアンドトライ」で計測した全身18カ所のデータは、AIが分析し、体型や特徴にあった商品をリコメンド。気になったアイテムがあれば、試着もできるし、ネットで買うこともできます。
「がんばって作ってますね。ところで、下着を買うときにお客さんが一番話したがらないことってなんだろう?」
石黒先生の問いに山本さんは、2020年10月に始まったワコールの新サービスの話をしました。
「実は、この店にはないのですが、東京の2店舗でアバターを活用したサービスを始めていて、人に面と向かってだと話せないことがアバターだと悩みを話しやすいらしく、おかげさまで、今1カ月先まで予約が埋まるほど好評をいただいてます」。
「うちが行っている研究でも同じ。人に言いづらいことを話すのは、アバターの方がいいんですよね。女性が下着の相談をするなら、男性のアバターもいいかもしれない。男性目線で意見を言ってもらえるのでね。人間の男だとダメですけどね」と石黒先生。
ワコールのアバターは、AIではなくて、販売員が遠隔操作で対応してます。販売員の立場からも、アバターはいつも笑顔で接客するのでいいと好評なようです。
「生身の人間だとどうしても、自分が機嫌が悪かったり落ち込んでいるときは、暗かったり表情に気持ちが出てしまいますけど、お客様がイヤな思いをされたり、誤解を受けたりもするのですが、アバターにはそれがない」と山本さん。
「医療的な知識があったりすると、付加価値をもっと上げられますね。下着など、ちょっと人に話すのが恥ずかしいプライバシーに関わるようなことは、アバターに話すのがいいんですよ」と石黒先生。
人間がする仕事をサポートし、さらに新たな接客の可能性を感じさせるロボットやアバターの活用。近い将来、百貨店がどのように進化していくか? 石黒先生からのさまざまな提案を咀嚼しながら、今後の姿に期待したいものです。
1963年滋賀県生まれ。山梨大学工学部卒業、同大学院修士課程修了。大阪大学工学院基礎工学科博士課程修了。工学博士。現在、大阪大学栄誉教授、ATR(国際電気通信基礎技術研究所)石黒浩特別研究所客員所長。自身をモデルにした遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイドHI-1」、米朝アンドロイド、マツコロイドなど人間酷似型ロボット研究の第一人者。2025年大阪・関西万博テーマ事業プロデューサーであり、『アンドロイドは人間になれるか』『ロボットとは何か』など著書多数。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/エレファント・タカ 取材・文/蔵 均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
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