Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪を拠点に活動を続けながら、近年は文化庁芸術祭の優秀賞を受賞するなど、演出家として頭角を現す橋本匡市さん。主宰する演劇ユニット「万博設計」の演出にとどまらず、東心斎橋の劇場「ウイングフィールド」の企画主任も務める、関西演劇界のホープ。今回はそんな橋本さんが心惹かれた大丸心斎橋店の店々を巡ります。
※2022年7月をもって閉店いたしました。
「万博設計を立ち上げたのが9年前。その頃は2025年に大阪万博が開催されるなんて知る由もなく。僕の中では1970年に開催された“あのイメージ”で、万博と言えばノスタルジーの象徴というか。万博の会場にはたくさんのパビリオン(展示館)がありますよね? 各館を巡ることでいろんな世界が見られる。そんな感覚で一つの劇団を見てもらえたらいいな、というイメージが当初からありました。劇団のカラーを付けるというよりは、作品ごとに役者を変えたり、ほかの劇団から客演さんを呼んだりして、違う印象のものを作りたいと」。
店頭に立ち並ぶ太陽の塔フィギュアをきっかけに、ユニット名の由来を明かしてくださった橋本さん。
「小学生の頃から遠足で万博公園にはよく行っていて。太陽の塔は僕の原風景の中にあった不思議なものでした」と幼少期を振り返ります。
太陽の塔だけでなく、取材時はエヴァンゲリオンやダンボーなどの人気フィギュアも展示、販売されていたこちらは、「TULLY’S COFFEE(タリーズコーヒー)」と大阪発のフィギュアメーカー「海洋堂」による世界唯一のコラボショップ。
ジャパンポップカルチャーをコンセプトにしたフロアらしい、前代未聞のタッグで、“いつものタリーズ”が“どこにもないタリーズ”と化しています。
フィギュアコーナー前の特等席に腰を下ろした橋本さんは、「こういうものを見ていると小さい頃のことを思い出す」と、さらに幼少期を回想。
「小学生の時はお小遣いを貯めて、SDガンダムをいっぱい買ってたんです。演劇の原点は、そのプラモデルのひとり遊び。あいつが敵で、こいつが味方。たんすの上にこれを置いて…という、空間を見立てるみたいなことをして遊んでいたので。子どもの時はイメージできる楽しさがあったけど、それを具体化できるのが大人の楽しさというか。演劇をやっていて一番楽しいのは、はじめは家でひとり考えていたことが、舞台上で立体的になり、さらにお客さんがその作品に対して笑ったり、息を飲んだり、拍手したり。自分ひとりでやっていたことが、こんな形で見てもらえるんだ!という興奮があるからかもしれません」。
新作のアイデアは、たいていノートに手書きするという橋本さん。
「タリーズにもよく来ます。夏は涼みに。ものもよく書けるし。ただ、いつもゆっくりしてしまって…すいません」と、にわかに恐縮。
「タリーズコーヒー」は客席の制限時間がないところも魅力。コーヒー香るこの空間で名案を閃き、ひと息つく時間に救われた人は、橋本さんに限らず決して少なくないはずです。
次に訪れたのは、富山県高岡市で1916年に創業された鋳物メーカー「能作(のうさく)」。仏具を製造する工場としてスタートしながらも、現在はテーブルウェアやインテリア用品など、暮らしに取り入れたくなる用と美を兼ね備えたユニークな製品を続々と生み出しています。
以前、来店したことがあるという橋本さん。気になっていたのは「あの、曲がるシリーズ」。
KAGOと名付けられたシリーズで、仙台の七夕飾りでは欠かせない投網や屑籠をヒントにデザインされたもの。素材は錫100%。混ざりけのない錫は金属なのに柔らかい。本来は弱点とされるその特性を活かして生まれたプロダクトで、とても不思議なのですが、すこし力を加えるだけでいとも簡単に曲がります。
ふちをグイッと引き上げ、「自分で形を作ったりするのが好きなもので」と橋本さん。演劇界に入りたての頃は、小道具を作ることもあったそう。
「シンプルなものであればあるほど、お客さんの想像が膨らんでいく感覚があって。例えばこれなら、豪華なうつわなのかな?って。見ているだけで、舞台で使えるんじゃないか?って考えちゃうんですよね…(笑)」。
KAGO同様、錫100%の曲がる特性を活かした小皿や一輪挿しなど、細部の意匠まで見惚れるアイテムを数々眺めながら、「家にこういうものがあったら妻が喜ぶと思う」と橋本さん。
「3年前に結婚して、いろいろとモノを一緒に選ぶんですけど、妻はいいものを買っておいた方がいいよ、という人で。それが徐々に増えていくのが楽しいんですよね」。
じつは橋本さんのパートナーも劇団を自ら主宰する劇作家であり演出家。「最近では僕が演出、妻が脚本を書いた作品もあって」と、公私共に共同作業を行っているそうです。
夫妻揃って演劇人。今は叶わずも、劇団の公演後といえば打ち上げがつきもの。ということはお酒が好き?と橋本さんにうかがうと、「めちゃくちゃ飲むんですよ」と苦笑い。ならば見過ごせないのが酒器コーナー。まずは、とりわけ多彩に揃うぐい呑みを。
「内側一面に金箔を貼っているものは、お酒そのものの味わいが楽しめる。反対に銀色の錫100%の方は雑味を取って、まろやかな味わいにしてくれます」と、スタッフの福田みゆきさん。
続いて、これを待っていた!とばかりに橋本さんが手に取ったのは、ビッグサイズのビアマグ。聞けば、お酒の中でもビールが一番の好物だそう。どっしりとしたフォルムで、容量は635cc。
「ということは瓶ビールの小瓶くらい? すごい! 飲みごたえがありそうです」と思わず笑顔に。14,300円という価格を確認して、「自分へのご褒美に買うならちょうどいいですね。欲しい!」と橋本さん。お家にこの錫のマグが並ぶ日は近い!?
「うちは共働きなので、家事は見つけた方がやるっていうシステムで。僕も料理をたまにするんです。食材を買ってきて作ることが好きになってきて。気晴らしにもなりますしね」。
そんな橋本さんが続いて訪れたのは「日本橋木屋(にほんばしきや)」。1792年創業の老舗で、包丁や刃物を中心に、鍋からたわしまでさまざまな料理道具を揃えています。
なかでも壁面のショーケースに美しく展示された包丁は圧巻。木屋の刃物づくりの技が生きた和包丁から、軽量で日常的に使いやすい洋包丁、中華包丁のような特殊包丁まで、目移りするほど数多くのアイテムが並びます。
「刺身用の包丁が欲しくて」という橋本さんに、スタッフの舛田安寿さんがおすすめしてくれたのは刃の形状がまるで違うオリジナルの2本。
「左はいづつきというシリーズで、昔からある家庭用の定番になります。刃の形から正夫(しょうぶ)または柳葉と呼ばれている、先が尖っていて使いやすい関西型お刺身包丁です。右は本霞の出刃16.5cm。共に鋼製の包丁ですが、出刃包丁は正夫に比べて全体的に厚みがあります。また重さがあることで、魚をさばいたり、魚の骨やカニの殻などを切るときに使います。」と舛田さん。
「こういうのが1本あると料理が楽しいでしょうね」と、橋本さんは妄想を広げつつ、その2本を持ち比べます。
「本霞は確かに重たい。ずっしり感がありますね」。
いづつきの正夫は栗型の持ち手。対して本霞の出刃は鉛筆のような八角型。
「そうか! 重量がある分、すべりにくく、力がかけられる形状になっているんですね」と、柄の工夫にも唸ります。
包丁のお隣には、キッチン小物が可愛らしく並ぶミニスペースも。
「これはニンニク専用ですか?」と橋本さんが見つけたのは、わずか15cm四方の小さなまな板。スタッフの舛田さんいわく、こちらは薬味専用のまな板。
「台所が狭くて大きいまな板はいらない、と言って購入される方もいらっしゃいます。食パン1枚分くらいのサイズで、サンドイッチを作って切る際にも使いやすいんです」。
「包丁は今すぐ買うのが難しいんですけど、これなら買える…! っていうか、欲しいものリストがどんどん増えますね(苦笑)」と橋本さん。
食卓やキッチンの道具に続いて、こちらも毎日の暮らしに欠かせない睡眠アイテムの専門店。「日本橋西川」は、オーダーメイド枕や羽毛布団などの寝具はもちろん、眠りの相談にも応じてくれる快眠寝具コンサルティングショップ。眠りに関して幅広い知識を持つ、スリープマスターなる西川オリジナル資格を取得したスタッフが、さまざまな眠りのお悩みを解決、サポートしてくれます。
演出家という職業柄、座り仕事が多いという橋本さん。
「役者さんと違って、演出家はそんなに立たないので腰が痛い。だから寝具も腰に負担のないものを、と思いつつ、今の布団は合ってるかどうかわからないまま使っている感じで…」。
悩める演出家に、スリープマスターの冨永美幸さんがまず案内してくれたのは、西川オリジナルブランド、&Freeのアイテム。人は体型も体重も一人ひとり異なる。そこで、その人にとって最適な枕やマットレスを導き提案してくれます。
冨永さんいわく、「腰に負担をかけないためには敷き寝具が大切になるのですが、それだけでなく枕とのバランスも重要」。
そこで橋本さんは、&Freeオーダーメイド枕づくりを体験することに。まずは6種類の素材から好みの柔らかさを選び、デジタルアプリを駆使して非接触で体型を測定。その結果からベストと思われる高さに調節した枕をベッドで試し、さらにスリープマスターであるスタッフがフィット感を微調整。快適な仕様が決まれば、店内で仕上げを行い、基本的には、その日のうち(*)に自分専用枕が完成するのだそう。(*具材切れなどの場合があるため、事前にショップにご確認ください。)
「柔らかい方が好き」という橋本さんが選んだ素材はエンジェルフロート。高身長で肩幅もある橋本さんには「高めの枕が合ってらっしゃいます」と冨永さん。
測定の数値を元に高さを調整し、ベッドに置かれた枕に頭を預けた橋本さんは、「包まれてます…! 今までは枕に頭を乗っけてる感覚だったんですけど、全然違う。そして支えられている感じがしますね。頭の重たい部分の力が抜けるというか」と、とてもリラックスした表情に。
試寝用ベッドに使われているマットも枕と同じ&Freeのもので、「このマットと枕で眠れたら見る夢も絶対変わりますね」と橋本さん。
「これなら安眠。生きててよかったと思える気がします(笑)」。
スペシャルな寝具を体験した橋本さん。次回の演出作には、図らずもリアルな眠りのシーンが登場するかもしれません。
「旅行が好きで、(コロナ禍でさえなければ)本当は海外へ行きたい。でも今は行けないから、日本のおいしいものを改めて味わいたいと思っていて。日常で食べる食事とは違う、いわばハレの食。『圓堂』さんのお料理は、まさにそんな逸品だろうと」。
「京都祇園 天ぷら圓堂」は、京都の八坂通に本邸を構える老舗。創業は1885年。お茶屋としての伝統と格式を受け継ぎながらも、新しい感性で進化を続ける名店で、名代は京風天ぷら。
橋本さんは、職人の揚げ捌きを間近で眺めることができるカウンター席へ。先附、天ぷら、口直しなど、コース仕立てのお料理をいただきながら、話題はやはり演劇について。
とりわけ近年の万博設計において、橋本さんはあくまで演出家。台本となる脚本や戯曲は、他者に委ねることが多いと言います。
「人に書いてもらうことで、自分の作品と違って距離が取れるし、それによって自分の中から意外なものが出てくることがある。その交感がおもしろくて」。
チェーホフやベケットなど海外の戯曲、あるいは関西の演劇界で背中を見続けてきた桃園会主宰の深津篤史、くじら企画の大竹野正典などの戯曲を読み解き、その時々の万博設計のフィルターを通して演劇に仕立てます。
天ぷらの一品目、「圓堂」名物のなんば(とうもろこし)を味わいながら、「こんなに贅沢なことはないですね。揚げたてをいただけるなんて。でも、僕にとっては演劇もそんなイメージなんです。舞台上で作って、目の前で食されるっていう」。
カウンターの中の職人は、常に客席へ心を配り、絶妙なタイミングで次の一品を繰り出す。軽快な揚げ音に食欲をそそられながら、話題は橋本さんにとっても親しみ深い心斎橋という街について。
東心斎橋の小劇場「ウイングフィールド」のスタッフを勤めて約10年。「心斎橋はいろんなものが混在しているのがおもしろい」と橋本さん。
「心斎橋筋商店街から1本筋を入って、さらに小さな路地を進むと、こんな飲み屋があるんだ!とか、こんなところに服屋があるんだ!とか。歩いていて飽きないし、雑然としているからこそ、いろんなものを吸収できる場所」。
海老、京都「半兵衛麩」のなま麩、椎茸の海老詰、まるで清流を泳いでいるような姿の美しい鮎…。京都の、そして季節の贅に薄衣をまとった天ぷらを堪能した橋本さんは、「どれも上品で美しいですね」とこぼれるような声でつぶやきます。
「今だから食べられるものって大事だなって思う。演劇においても、今を生きてるからこそ、という感覚は大事にしたい。映像は残るけど、生の舞台は残らない。それが魅力だし、そのものの良さがあると思うので」。
近畿大学 文芸学部芸術学科 演劇芸術専攻にて卒業。2005年に劇団尼崎ロマンポルノを旗揚げ、2012年に解体。演劇ユニット、万博設計を結成。「異常の中の普通」「普通の中の異常」を題材に新作上演を続ける。2019年上演の『リボルバー』(戯曲・大竹野正典)で令和元年度 文化庁芸術祭 優秀賞を受賞。2021年10月には、俳優であり、岸田國士戯曲賞作家でもある佃典彦による書き下ろし戯曲を舞台化。2025年と1970年の大阪万博をテーマにした「万博設計」ならではの一作を大阪と札幌で上演予定。https://exposbase.wordpress.com
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/竹田俊吾 取材・文/村田恵里佳 編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
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