Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪を拠点に活躍するクリエイティブユニット・grafの代表である服部滋樹さん。全国の自治体や企業と協働しながらさまざまなデザインを生み出し、大丸心斎橋店では、本館8階フロア共用部の設計もしています。新しい生活スタイルが必要とされる今、暮らしとデザインはどう変わっていくのか? 大丸心斎橋店をめぐりながら考えてみました。
※2021年7月をもって閉店いたしました。
「エスカレーターで8階に上がってくるじゃないですか? そうすると、おーっと目を引くんですよね。すごく気になってました」
服部さんがまず訪れたのは、本館8階にある「Master Recipe(マスターレシピ)」。“ワールド・コンテンポラリー・クラフト”をコンセプトに、工芸品やうつわなどを揃えるショップです。
「海外の民族系のクラフトと、窯元や工房など日本の産地でつくられたものが混在してる感じ。骨董屋さんだったらわりとそういうセレクトをしてると思いますが、新しいモノで見せている店ってあんまりない。だから、ここで骨董屋感覚で探すのは楽しそうやなと思ってたんですよ」と服部さん。
早速、店内を宝探しのようにめぐり始める服部さん。「これって骨董屋に置いてそうでしょ?」と笑いながら目をつけたのは、「シモオデザイン」のうつわ。
あえてエイジングしているのでは?という服部さんの問いに、店長の吉本奉加さんは、「はい、デザイナーさんが独特のつくりを開発されていて、あえて古い感じにしつらえています」
さらに、目を光らせながら店内を歩く服部さんは、「今、コロナで外に出て行くのも不自由じゃないですか。そう考えたら、お店の中にいて路地裏で発見しちゃうようなモノの買い方ができる場所はすごく貴重。ここでそんな体験ができたらいいじゃないですか」
路地裏(?)を歩く服部さんの気を引いたのは、「ATELIER POLYHEDRE(アトリエ ポリエドレ)」のベースです。
「これは、フランス人のクリエイターお二人によるブランドなんですが、1人が京都に留学してたことがあって、日本の古くからある造形美にインスパイアされてつくられています」と吉本店長。
白いボウルや手ぬぐいなど、気に入ったアイテムを次々と購入する服部さん。「家では、朝フルーツをたくさん食べるので、これに盛ろうかな」という言葉に、おうちでの生活が少し垣間見えるようです。
「コロナは大変だけど、時代が変わりそうな気配はありますよね。みんなの価値がどんどん変わって行くのが手に取るようにわかるわけじゃないですか。家にいないといけないから、掃除から始める。掃除を始めたら次にやらなあかんことが見えてきて、テーブルをやり変えようかなとか、椅子をやり変えようかなとか。それって楽しくてしょうがないじゃないですか。おうちが改革されていくと、もっと気づきがあるはずですよ」と服部さん。
「マスターレシピ」でも、従来年齢層が高かったお客様が、20代や30代の若い人が増えたそうです。
「やはり、おうちクオリティを上げたいということでしょうか。インテリア用品って生活の中で後回しになりがちでしたけど、そうじゃなくて率先していいものを使おうという流れが出てきた気がします」と吉本さん。
そういう若い人たちが増えることはすごくいい方向だという服部さん。暮らしのあり方が変わっていく気配です。
※2024年7月をもって閉店いたしました。
続いて、同じ本館8階にある暮らしの道具を扱う「中川政七商店」へ。享保元年(1716年)創業という300年以上の歴史を持つ老舗企業による雑貨店ですが、会社名を冠したブランドを立ち上げるためのブランディングに服部さんは関わっています。
「生活雑貨ブランド『中川政七商店』が2010年に誕生したとき、十三代代表の中川政七くんとgood design companyの水野学くんと3人でコンセプトのブレストから始まり、“暮らしの道具”としてスタートしました。grafはオープン時から全国の店舗設計をさせていただいてます」と服部さん。
今や全国に40店舗以上を展開する「中川政七商店」の中でも、大丸心斎橋店は、アジアなど海外からのゲストが多い店だったのですが、新型コロナウイルスの影響で、今は近隣在住の日本人のお客様で賑わっています。
「こういうときこそ、日本で続いてきた伝統や文化をどう伝えるかというのが『中川政七商店』の役目だと思うんです。あっ、梅干しを漬けよう! とか、布物を修理することを思い出したからやってみようと思ったときに、それを手助けする道具や知恵を提案する。日本人に日本の文化を気づかせるために、この店が果たす役割は大きいと思いますよ」
実際に、土鍋でごはんを炊き始めたり、ふきんを新調されたり、ふだんと違うものを買うお客様が増えているそうです。ステイホームでおうち時間を大事にする人が増えている今、服部さんも生活が変わったことはありましたか?
「家にいる時間が長くなったので、隣人たちとの仲も、ますますよくなったんですよ。彼らのうちの1人の庭を耕して菜園を始めました。今年の夏野菜は、全部自分たちで育てたものを食べてますよ」。
最近は、いいジョウロがないかとか気になるという服部さん。「中川政七商店」では、隣人の誕生日にプレゼントしたいという鋏を見つけました。
「ギフトのあり方がちょとずつ変わってきそうな気がしていて。お中元、お歳暮でも大量にやりとりされるビールやお菓子のセットではなく、気持ちをちゃんと交換できるようなギフトをつくっていくべき。あの農家の人がつくったものとか特別なものが届くと、やっぱり違いますよね。当たり前のことなんだけど、もう一度考えるタームにきてるかな。歳時記のある、すばらしい国に私たちは住んでいます。自然と共につくられた文化を、もう一度見直しましょうよ」と服部さん。
「確かに、定番の贈り物に飽きてしまった方がうちには来てくれますね。商品に温もりを感じるものがすごく多いので、そこをお客様が感じ取ってくれてるんだろうなと思います」とスタッフの稲垣さん。
新しい生活様式において、果たす役割は大きい「中川政七商店」。大丸心斎橋店は、「茶論(さろん)」を併設しているので、そこにも訪れました。
※2022年1月をもって閉店いたしました。
「中川政七商店」が“以茶論美(茶を以て美を論ず)”をコンセプトに新たに始めたのが「茶論」。大丸心斎橋店では、隣り合わせで店を構えています。
「ここでは茶人の木村宗慎氏に監修してもらい、お茶のお稽古をやっています」とスタッフの長岡さん。百貨店の中で、茶室のような落ち着いたスペースでお茶を嗜むことができるとは! 早速、服部さんも抹茶をいただきます。
茶碗は萩焼で、人間国宝の三輪休雪氏の手によるものです。「さすがに、口当たりがめちゃくちゃいいですね」と服部さん。お茶菓子は、餡が備中白小豆だけでつくられている吾亦紅(われもこう)を出していただきました。
「いろんな味がします。白小豆だけでつくられているそうですが、噛んでいくうちに粒が出てきたり均一じゃない。上品な味ですね」と服部さん。
お稽古だけではなく、ここでは呈茶としての利用も可能。「名碗でいただくお茶(1,650円)」などのメニューのほか、気軽に抹茶を点ててみることができる「抹茶を点てる(2,200円)」などが用意されています。
お茶をいただいたあとは、茶筅や茶碗、急須など茶道具を揃える「見世」に移動しました。自宅では奥様とお茶を飲んで過ごす時間が多いという服部さん。お茶碗をひとつひとつ手に取り、じっくりとその形や素材を愛でているようです。
「この抹茶茶碗、育てがいがありますね」
凛とした佇まいで陳列されている、いくつかの茶碗の中から手に取ったのは寧楽焼の黒茶碗と紅安南の茶碗。服部さん、“育てがい”とはどういうことですか?
「この茶碗にお茶が入れられて飲まれていくうちに、だんだんと黒光りしてきて、面白くなると思うんです。それと、この白い茶碗もいいですね。僕はわりと貫入が入っているうつわが好きで、ウーロン茶で煮込んだりするんですよ。この茶碗もすでに貫入が入っていて、ここに濃いお茶が入っていくと、かなりいい景色になるんじゃないかな」
「茶論」は茶道文化に自由にふれて楽しんでほしいという想いから生まれました。「1年やってきて、ここが入り口になって茶道に入って来た人います?」という服部さんの質問に対して、長岡さんは「多いですね。一般的な茶道は修業のようなイメージがあるかもしれませんが、私たちはその辺りを楽しく、親しみをもっていただく茶道文化の入り口ということを心がけています」。
「茶道など、日本の“道”がつくものって、パッケージデザインだと思っているんです。パッケージにするとわかりやすいので、道という型から入ることをまずやってみる。それが今や伝統になってしまっているので、ハードルが高すぎて。だから道自体をどうブレイクダウンしていくかが今必要だと思うけど、『茶論』がそれをやっているんだと思います」
最後に、服部さんの“道論”も聞くことができ、「茶論」を後にしました。
続いて訪れたのは、本館5階の「ヨーガンレール+ババグーリ」。服部さんが、20年来のファンで、個人的に照明具を買ったり、grafがデザインするショップのスタイリングなどで利用しているそうです。
「ヨーガンレール」は、ポーランド生まれでドイツ人のヨーガン・レールが、1971年に来日し、1972年に立ち上げたファッションブランドで、天然素材の服づくりを手がけてきました。「ババグーリ」は、氏がより手仕事への尊敬、憧れを意識し、2006年に誕生したブランドです。
ヨーガン・レール氏は東京に住みながら、沖縄・石垣島にも住居とアトリエを構えていました。
「10年ぐらい前まで、毎年石垣島に訪れては覗いていました。ずいぶん昔ですが、ヨーガンさんともお会いしたこともありました。毎年バックパックで行っては、意識の洗浄をして帰って来てましたね」と服部さん。
氏は、石垣島の浜辺に落ちている大量のゴミに衝撃を受け、プラスチックゴミを集めてランプにしたと言います。今の環境問題に先駆ける意識と行動をその頃から持っていたヨーガンさんは、自然の素材を生かしたり、手仕事のよさを伝えるために「ババグーリ」を立ち上げました。
大丸心斎橋店のショップ中央には、たくさんの銅のキッチンウエアが置かれていますが、これは1点1点職人が鍛金して手作業で仕上げられています。
「うちでよく料理をしていて、蒸し料理もつくるのですが、この蒸し器ひとつキッチンにあれば、幸せな気持ちになりますね」と服部さん。
服部さんは、「ヨーガンレール」のすばらしさを、もっと30代や40代の人たちが気づいて、知ってほしいと願います。
「子供服があったらいいと思うんですよね。そうすると30代や40代で、いい子育てをしているおとうさんやおかあさんが来るようになる。ヨーガン・レールな暮らし方というのがあると思うので。そういう意識の人たちに着てもらえたらいいなあ。家族で着てる姿って、めっちゃ絵になりますよ」
ファッションだけでなく、食や住まいなど暮らしのアイテムを併せて提案する。今のライフスタイルショップの先駆けのような「ヨーガンレール+ババグーリ」。サステナブルやエシカルが注目される今こそ、もっと知ってもらいたいブランドです。
ショップめぐりを終えて、「朝から何も食べてない」という服部さんの空腹を満たすために、本館10階レストランのフロアにある「青空blue」を訪れました。店主の松井宏文さんとは、福島・ほたるまちにある「土山人」で働いていたときからのつきあいです。
まずは生ビールでほっと一息。なめたけおろしとだし巻き玉子をつまみます。
「蕎麦屋やうどん屋でお酒を飲むのは、大人やなと思うんです」と服部さん。
いい感じでほろ酔いになってきたところで、心斎橋について話を聞いたところ、服部さんにとって、10代後半から20代前半の頃、音楽とファッションの学校だったと言います。
「レコードや古着をアメ村などに買いに来てました。ネットなどなかった時代なので、店員のお兄さんに話を聞いて情報を得たり。大人への階段の途中に心斎橋がありましたね。『マンボラマ』の小澤健さんは永遠の先輩で、大丸心斎橋店に打ち合わせに来るときは立ち寄ることが多いです」
注文したえび天ぷらうどんが到着! 「うどんがそばのようで、これがいいんですよね。うまい! うどんで喉越しがいいというのはなかなかないですよ」
喉ごしがいいのは、やはり店主の松井さんが蕎麦の名店出身だからでしょうか。
「松井くんは、ずっと蕎麦をやってきたのにうどん屋をやるとか、チャレンジしてるのがいい。リスクをとっても勝負している人たちじゃないと、未来は描けないんじゃないかなと思います。コロナの時代になってますます、そういう人たちと会いたいなと思う」
来年はバイオマスエネルギーの会社をつくろうと企んでいる服部さんも、常にチャレンジの人。「コロナは大変だけど、与えてくれたものもある」という服部さんの言葉を咀嚼して、新しい時代の暮らしとデザインを考えたいものです。
クリエイティブディレクター、デザイナー。1970年生まれ、大阪府出身。暮らしにまつわるさまざまな要素をものづくりから考え実践するクリエイティブユニット・graf代表。異業種が集まる環境と特性を生かした新たな活動領域を開拓している。建築、インテリアに関わるデザインやブランディングディレクションなどを手がけ、近年は地域再生などの社会活動にも力を発揮している。京都芸術大学教授。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/エレファント・タカ 取材・文/蔵 均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVESProfessional's Eyes Vol.3
Professional's Eyes Vol.2