Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES食の専門誌『あまから手帖』の編集顧問を務め、関西食文化研究会のコアメンバーであり、JR西日本の豪華寝台列車「トワイライトエクスプレス瑞風」のフード監修をするなど、関西の食シーンには欠かせない重鎮・門上武司さんが、大丸心斎橋店に店舗を構える老舗を巡り、大阪の食文化について語ってもらいました。
まず最初に訪れたのは、すき焼きやしゃぶしゃぶなどで有名な牛肉の名店「はり重」。道頓堀に本店を構える、創業1919年(大正8年)の老舗ですが、門上さんは、なんと小学生の頃からそこに足を運んでいたそうです。
「僕は、小学校は北浜、中学校は谷町四丁目に通ってましたが、父親の事務所も北浜にあり、母親は廃校になった精華小学校出身のミナミっ子。両親ともに『はり重』が好きで、よく家族で訪れてましたね」
黒門市場で買ってきた魚を自らさばくなど、食へのこだわりが強かったお父様は武司少年に本当にいいものを食べさせたかったのか、名店に連れて行くこともしばしば。この幼少期の体験が今の門上さんの仕事へとつながっているのかもしれません。
「その頃は、『はり重』で何を食べてらっしゃったんですか?」という質問に、門上さんは「今でもそうなんですが、僕はビーフカツが大好きで、親と一緒に行くときは必ずそれを頼んでいました。1人でお金がない時は、隣のカレーショップでビーフワン(牛丼の卵とじ)でしたけど(笑)」。
早速食事ができる「はり重グリル」で、ビーフカツ[フィレ肉](2,200円 ※以下すべて税込価格)を注文します。
「道頓堀の本店でも、洋食をいただける『はり重グリル』に行くことが多かったのですが、格式がある独特の雰囲気が好きで、少しレトロっぽい感じは、ここにもありますね」と門上さん。
確かに、にぎやかなデパ地下にあるとは思えないようなシックな空間。「百貨店内のイートインのお店では、『はり重』最大の広さです。フードホールの共有席ではなく仕切られた空間になっているので、ゆっくりされるお客様も多いですね」と店長の鎌井健次さん。
「本店では寄席もやってらっしゃって。道頓堀は、松竹座とか昔は新歌舞伎座があって、芝居を観に行ったあとに、いろんな店に行って食を楽しむ。そういう文化的な薫りがありますよね」と門上さん。
お待ちかねのビーフカツが到着! ライスと赤だしが付いています。
「洋食って、白ごはんあってこそだと思うんですよね。ステーキだと最後にガーリックライスを食べることはありますが、それほどごはんと相性がいいとは思ってないんですよ」
牛肉も揚げ物も好きだという門上さん。ビーフカツは肉の旨みを中に閉じ込め、最高の味になると言います。
「『はり重』はやっぱり肉がうまいですよね。ペロっと食べてしまいました(笑)。キメの細かさと香りのよさがあって。デミグラスソースもおいしいですよね。うまさもコクもあるんだけど重たくなくて、肉の味をきちっと伝えているすごくよくできたソース。これでごはんも進みますよね」
還暦を8年過ぎても、まだまだ若くて元気な秘訣は、食べるチカラにあり。そう感じさせてくれる食べっぷりでした。
続いては、同じ本館地2階にあるうどんの名店「道頓堀今井」を訪れました。ここは、門上さんが今のような食の仕事をするきっかけになった店でもあるそうです。
「今井さんの他、大阪のさまざまな名店が、大阪食堂研究会という会をつくってはったんですが、その30周年の冊子をつくらせていただいて。そこからみなさんと仲良くなり、今井さんの先代の話もじっくり聞くことができたんですね。話をいろいろ聞くと、やっぱりダシの取り方が全然違う。料亭や割烹で出す日本料理のだしと違って、これぞ大阪のうどんのだしというのを教えてもらって、だし一つとってもこれだけ違うのかと、僕にとってはある意味扉を開いてくれた店なんですよ」
和食でとるだしだと、カツオブシはさっとくぐらせることが多いのですが、「道頓堀今井」では、グラグラと煮出すそうです。
「和食では絶対せえへんことをやってる。しかも1本のカツオで何十人分ぐらいしか取れないから、忙しい時は日に何回もだしを引いていると思いますね」と門上さん。
おいしいだしを味わうために、門上さんがいつも食べるのはきつねうどん。麺は、コシが命の讃岐のうどんとは違って、少しやわらかめです。
「ここに讃岐の麺を入れてもおいしないと思うんですよ。だしをちょっと吸うぐらいのやわらかさのある麺が合うんですよね」と門上さん。
唯一無二のだしでいただくうどんは、東京から訪れた人も驚かせたようです。
「かつてセールスプロモーションの仕事をしていた時、トークショーやファッションショーをやるといろんなゲストが東京から来てくれるわけですよ。そういう人を道頓堀の今井さんに連れて行くと、『大阪のだし、うどんってこれかあ!』と、みんなびっくりされるんですよ」
そうやって、いろいろな店に案内しているうちに、東京の雑誌編集者などから、「関西行ったら、面白いやつがいる」と言われるようになり、食の仕事をするようになったそう。やはり、フードコラムニストへのきっかけとして、「道頓堀今井」の存在は大きかったのかもしれません。
「昔から、船場の丁稚の多くが、修業の合間に故郷に帰る時、ここのお鮨を手土産にしていたというぐらい大阪を代表する食べ物で、値打ちがありますね」
そう門上さんが話してくれたのは、1653年(承応2年)に創業した「すし萬」。江戸時代から大阪の人々に愛され続けた味は、大丸心斎橋店では、本館10階のイートインのお店、地1階ではテイクアウト専門の店舗で味わえます。
「私も、かつての丁稚のように、持ち帰りで利用することが多いですね。小鯛雀鮨や鯖姿すしは、少し日持ちするので、海外など旅行に行く前の日に買いに行って、機内食の合間にちょっとつまむ。大勢で行く時は、空港の待ち時間などに差し出せば、みんなにめちゃくちゃ喜ばれますよ」と門上さん。
この日は、持ち帰りではなく本館10階のレストランで押し鮨をいただくことにしました。小鯛雀鮨は商標登録もされている「すし萬」を代表するメニューです。
「ずっと昔は、ボラのお腹にごはんを詰めていたんですけど、天皇に献上する時に、たまたま明石で小鯛が上がったのでお腹にごはんを詰めたところ、雀が日向ぼっこしてるような形に見えたので、小鯛雀鮨という名前がついたんです」とは統括料理長の松浦勇介さん。
「この鯖鮨、めちゃくちゃうまそうやな。これは持ち帰りの鮨とはまた違いますね?」と問う門上さんに、松浦さんは、「はい違います。持ち帰りでしたら黒板昆布でぐるっと巻くんですよ。時を経るほど昆布の旨みがなじんでいく。店では、白板昆布ととろろ昆布であっさりと召し上がっていただきます」
おいしそうに鯖鮨をつまむ門上さんですが、大阪はやはり、にぎりではなく押し鮨の文化だと言います。
「昔あるメディアで、同じ料理でも東西でどれだけ違うかを比較する企画があって。たとえばお好み焼きや酢豚などを取り上げていたのですが、そこで押し鮨をやろうと提案したら、東京の食のスペシャリストに『ちょっと東京で探すのはしんどい』と言われました。関西だといろんな種類があって選び放題だけど、向こうは圧倒的ににぎりが多い」
東西の鮨文化の違いは、松浦さんが横浜に出店するときにもひしひしと感じたそうです。
「押し鮨のつくりかたも知られてないし、 “鮨切り”がないんですよ。これは大阪にしかない押し鮨専用の道具で、丸みがあって、グッと一気に切ってしまう。横浜では誰もこれの使い方を知らなかったですね」
あっさりとした上品な味の小鯛、しっかりと脂ののった鯖…美味なる押し鮨を日本酒でもちびちびやりながら、品あるレストランでじっくりいただくのもいいものです。
今や全国区の人気となった「551蓬莱」の豚まん。門上さんは、こちらとも長いつきあいになるようです。
「亡くなられた先代とは懇意にさせていただいていて、すごくいいアンプを譲り受けたこともあるんですよ。宝塚もお好きでしたし、音楽や舞台などの文化に造詣の深い方でしたね」
前社長の故・羅辰雄氏とは、40年ほど前に戎橋筋商店街のイベントや印刷物を制作していた頃から親交がありました。
「その頃から、ミナミにはよく行っていましたが、キタは洗練されたビル街というイメージが強いのに対して、ミナミは自由な雰囲気が濃い気がしますよね。心斎橋から道頓堀、難波まで歩ける距離で、愉快な寄り道の装置がいっぱいある。大丸がある心斎橋界隈は、心斎橋筋を中心に、ちょっと横道に入ると網の目のようにキャラ立ちしてるお店がいっぱいあって、歩くのが楽しいですよね」
ミナミの地で創業した「551蓬莱」は、肉まんではなく豚まんという呼び方を全国区にし、世界観をつくった功績は大きいと言う門上さん。
「こちらの豚まんは、セントラルキッチンでつくって熟成度合いは店ごとにやってる。生地が発酵しきってしまうとダメなので、そうならない範囲で出店をしている。だから関西以外に店はないのですが、クオリティをちゃんと守っているのがすごいですよね」
さて門上さんは、豚まんを食べる時はソース辛子派だそうです。
「ウスターソースをかけます。ウスターソースって昆布だしなどが入っているものが結構多くて、旨みがものすごく強いんですよ。『551蓬莱』の豚まんは味がしっかりしてるから、そのまま食べてももちろんおいしいですけど」
大丸心斎橋店では、スタッフが豚まんを包むのをカウンター越しに見ることができます。「551蓬莱」では、皮を包むコンテストも開催していて、門上さんはチャンピオンにインタビューしたことがあるそうです。
「ちょっと包むところを見させてもらっていいですか? チャンピオンは、腰が基本と言ってはりました。すごい理論的に解説してもらいましたね」
席を立って、軽やかな足取りで現場を見に行く門上さん。その好奇心は、食欲のように旺盛なようです。
※2023年1月をもって閉店いたしました。
最後に訪れたのは、かまぼこをつくり続けて144年、1876年(明治9年)創業の「大寅」です。
大丸心斎橋店の本館地1階にある店舗は、大阪のクリエイティブユニット・grafのデザイン。ここでしか売られていない「ぷちかまぼこ」のパッケージデザインもgrafが担当しています。
「大丸心斎橋店限定の『ぷちかまぼこ』は、パッケージがかわいいから手土産として買っていかれる方も多いです。若い女性が、おじいちゃんへのバレンタインのプレゼントにしてたりするようですよ」と店長の服部美里さん。
撮影のために特別に試食させていただけることになり、門上さんは、「ぷちかまぼこ」の中から、バジル味と焼きチーズ味、その他季節限定のさつまいも天と舞茸天を試食しました。
「バジル味は、噛んだら鼻に香りがほんのり漂います。焼きチーズは、チーズのコクがしっかりしていてワインにも日本酒にも合うんじゃないかな。さつまいもの天ぷらは、バランスがすごくよくてうまい」
大丸心斎橋店では、限定商品として「魚棒PLUS」も販売しています。こちらは、ごまおから味なら食物繊維、しそ味ならβ—カロテンと、食べる天ぷらによって摂取できる栄養素をしっかり明示しています。
「今までの食って、技術や味のことばかり考えてつくられていたかもしれないけど、これからの時代は、体や健康、環境のことを考えていかないとダメなんじゃないかと思います。そういう意味で、こうやって含まれている栄養素を教えてもらうのは、脳に刺激も与えてくれて、とてもいいですね」と門上さん。
「ぷちかまぼこ」のスタイルやパッケージの新しさにも感銘を受けた様子の門上さん。
「こういう時代とリンクしたものが出てくるのは、必要なことですよね。『大寅』さんは、もっとこうしたらうまくなるんちゃうかというのを常にやり続けているからすごい。伝統は守りつつ、常に新しいことをやっていこうという姿勢がいいですね」
フードコラムニスト。1952年大阪生まれ。大阪外国語大学在学中より企画会社・110番舎企画で商業施設などのセールスプロモーション業務に従事。1991年、39歳で独立しシオード設立。食を中心とした舞台で場をつくり人をつなげ、関西の食シーンにおける最重要人物に。現在、『あまから手帖』編集顧問、一般社団法人全日本・食学会副理事長などを務める。著書に『京料理、おあがりやす』、『スローフードな宿』など。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/岡本佳樹 取材・文/蔵 均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
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