Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪に生まれ育ち、とりわけ慣れ親しんだ心斎橋の街を数々の作品に描いてきた小説家の柴崎友香さん。作中にも数多く登場する大丸心斎橋店は、「私にとって、大阪の真ん中」と特別な思いを寄せる場所。現在は東京に暮らす彼女が、久々に帰郷。グランドオープン後の本館で、ゆっくり訪ねてみたかったという場所やお店を巡りました。
「子どもの頃から、百貨店と言えば大丸心斎橋店でした。地元が近く、自転車でもよく来ていて、特に建築のデザインや装飾が大好きでした。だから建て替えが決まった時は、どうなることかとハラハラして(笑)」。
小説『寝ても覚めても』や『その街の今は』、『ショートカット』など、柴崎さんの作品で幾度も登場する大丸心斎橋店。かつての職場は、大丸心斎橋店のほど近く。「お昼のお弁当を買いに来たり、屋上にもよく行っていました」と、まさに暮らしの一部だったようです。
その頃から愛着を感じていた本館の建築は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが手掛けたヴォーリズ建築。86年ぶりの建て替えを経て2019年にグランドオープンしましたが、旧本館で使われていた装飾をできる限り再利用し、ヴォーリズ建築の魅力を現代に引き継いでいます。なかでも御堂筋側のファサードは、当時のレンガや大理石などほぼすべてを再利用。ネオ・ゴシック様式の壮麗な姿は、柴崎さんが長年眺めていた風景そのものです。
「レリーフには兎と亀がいて、その上の飾りは、おそらくペリカンと鷲。そして孔雀もいる。この、かわいいものが散りばめられている感じが好きなんです。異なるスタイルでも絶妙に馴染んでいて、百貨店らしい華やかさもあって。細かいところをよく見ていくと、次々と発見があって飽きないんですよね」。そう話す柴崎さんは、建て替え前や工事中の様子まで写真に収めていたという愛の深さ。
館内で最もお気に入りの場所というエントランスは、小説『寝ても覚めても』の中で、その天井の細部に至る美しさが描写されています。
「星のモチーフがすごく可愛いですよね。色の塗り直しや修復がされてずいぶん綺麗になりましたが、空間はほぼそのまま残されていて。装飾はアール・ヌーヴォー調もあればアール・デコもある。もちろん時代の反映でもあるんですけど、ヴォーリズが自分の好きなものを詰め込んでいる感じが好きなんです。いろいろなものが混ざってる、それって百貨店らしいですよね。百貨店はいろいろなものを売っていて、いろいろな人が来る。だから入口にぴったりのデザインだと思うんです」と柴崎さん。
重厚な大理石と幾何学模様の装飾が織りなすエレベーターホール、さらに旧本館の階段を再現した地下階段など、ヴォーリズ建築の健在を確かめた柴崎さん。続けてもう一つ、旧本館から引き継いだヴォーリズアイテムを求めて地下フロアへ。
「たねや」は、1872年に滋賀県の近江八幡で創業した和菓子店。一方、20世紀初頭に英語教師として来日したヴォーリズが暮らしたのも近江八幡。その関係性の深さを物語るように、こちらの店舗には旧本館で使われていたヴォーリズライトがしつらえられています。
「初代、山本久吉の頃から、ヴォーリズさんとは家族ぐるみの付き合いがあったそうです。『たねや』が洋菓子を始めたきっかけも、実はヴォーリズさんなんです。これからの時代は洋菓子も、というお言葉をいただいて、現在の『クラブハリエ』ができました。そうした縁があり、また大丸心斎橋店がヴォーリズ建築ということで、こちらの店舗は壁にも幾何学模様を取り入れています」と、店長の藤田優香さん。
ヴォーリズと「たねや」の意外なエピソードを興味深く聞く柴崎さんに、藤田さんがもう一つのヴォーリズアイテムを紹介してくれました。
「『たねや』を代表する最中であるふくみ天平と、『クラブハリエ』のバームクーヘンの詰め合わせは大丸心斎橋店限定。実は箱の柄もヴォーリズの幾何学模様をモチーフにしたオリジナルなんです」。
柴崎さんは箱の模様と頭上のランプを見比べ、「素敵にデザインに取り入れられてますね。これはいいお土産になりそう」と、新しい手みやげ候補を発見。他の商品も見過ごせない様子で、長いショーケースをゆっくりと見てまわります。
「ハッ! かわいい。どんぐりが入っているのがすごくいいですね」と、目を留めたのは秋のお干菓子。さらに「ピスタチオ大福!?」と、すぐそばにある限定大福にも思わず声を上げました。
「大福の中身はこしあんなのですが、別添えのピスタチオをかけて召し上がっていただくお菓子で。ピスタチオはシチリアのブロンテ産の稀少なもので、風味が濃厚。あんこやお餅との相性がとても良くて人気の商品です」と藤田さん。
近江米など地元素材を積極的に使いながらも、海外にも目を向け、納得できる素材を探し求める。そんな「たねや」らしさが詰まった和菓子に、「めっちゃ気になる…!」と後ろ髪を引かれながらも、柴崎さんは次なるフェイヴァリットショップへ。
続いて訪れた「DIESEL(ディーゼル)」は、柴崎さんが20年来愛用するイタリアンブランド。この日、身に付けていたジーンズやバッグ、腕時計までディーゼル! 「ちょっと張り切って来ました(笑)」と、気合いが違います。
「ディーゼルジャパンは本社が大阪にあるんです。だからかはわからないんですけど、どこか大阪っぽいと思っていて」と、本社情報までご存知だった柴崎さん。
「たとえば……」と手にしたのは、金色に輝くポーチ。ファスナー飾りには大きなブラックリングがあしらわれ、ゴールドのボディに負けない存在感を放ちます。
「光っていたり、何か気になるものが付いていたりするところが大阪っぽい。ディーゼルのアイテムは、一瞬、ふつうに見えるものでも、よく見ればどこかに遊びがあるんですよね。全部ふつうはないよ! 絶対何か入れてくるよ! っていうところが好きなんです。友達と会ったときに、『これナニ!?』って突っ込まれる。それを想像しながら選びます(笑)」と柴崎さん。
全国の百貨店内にある「ディーゼル」の中でも、大丸心斎橋店はメンズとレディースが共に見られる唯一のショップ。デニムをはじめ、ウエアやシューズ、バッグ、アクセサリーなど幅広いアイテムが揃いますが、どれも定番はなく、半年ごとに発表される新しいデザインのシーズンコレクションのみ。
「バーコードとか色々付いていてかわいい」と、柴崎さんが試着したのは、ベージュにネオンカラーのラベルやジャガード仕様のロゴが際立つロングニット。
「ロング丈の他にミディアム丈もあり、デザインはそれぞれ少し違います。継ぎ目がわざと見えるような蛍光色のステッチや、袖の切り返しなどもかわいいですよね」と、店長の上野光丘さん。
飛行機の機内食用コンテナを模したレジスペースや、工業用製品を利用したソファや陳列棚など、“ファクトリー”がコンセプトという内装も楽しく、「気になるものばかりですね」と柴崎さん。最後の試着と手に取ったのは、チーター柄のハット。
「ヒョウ柄っていうのが、また大阪っぽさが出ちゃってますね(笑)」と、上野さん。
人をあっと言わせるようなものを、と常に革新的なコレクションに挑む「ディーゼル」は、確かにエネルギッシュな大阪と相性がいいのかもしれません。
「マリベルのチョコレートといえば、“柄”じゃないですか。やっぱり大阪の血なのか、柄物が好きなんですよね」。グランドオープンの式典に参加しながらも、その時はゆっくりと館内を巡ることは叶わなかったという柴崎さん。この日は気になっていたお店へ行こうと訪れたのが『ニューヨークのショコラティエ「MarieBelle(マリベル)」によるラウンジ。
国内では京都本店に次ぐ2号店ですが、ファーストクラスをイメージしたエクスクルーシブストアというスタイルは心斎橋店が初めて。バカラのシャンデリアや、個室のようなくつろぎを感じさせるポーターズチェアをしつらえ、高級感あふれる空間が演出されています。
「どこを見てもキラキラして。昔のアメリカの百貨店のような雰囲気もありますね」と柴崎さん。
「MARIEBELLE THE LOUNGE(マリベル ザ ラウンジ)」初体験の柴崎さんは、心斎橋店限定というガトーショコラトロワと、ペアリングには紅茶のアールグレイをチョイス。ガトーショコラは、カカオの割合が99%、70%、38%と異なる3種が盛り合わせに。
「思っていたより甘さは控えめですね。すごく美味しい! カカオの割合が低いものはまろやかさも感じられて。軽やかに食べられるのに、満足感もしっかりありますね」と、柴崎さんの表情が緩みます。
「ガトーショコラに使う砂糖はほんのわずか。すべてホンデュラス産のカカオを使っていて、その味わいを楽しんでいただけるよう仕上げています。ホンデュラス産カカオは良質かつ稀少なのですが、創業者のマリベルさんがホンデュラス出身で、地元の農家を助けたいという思いから、マリベルでは欠かせない主力のカカオなんです」と、グランシェフの宇佐美智康さん。
ビーン・トゥ・バーをさらに突き詰めた、ファーム・トゥ・バーのチョコレートも「マリベル」の魅力のひとつ。ティータイムを楽しんだ柴崎さんは、併設のチョコレートショップへ。
やはりまず目を奪われたのは、「マリベル」の代名詞でもある絵柄がプリントされたアートガナッシュ。ショーケースに並ぶそのラインアップは常時25〜30種。絵柄だけでなく味わいもすべて異なり、なかには道頓堀の夜景や大阪城を描いたスペシャルなものもあります。
「さすが! ベタなモチーフなのにすごくオシャレ。こんなに洗練された道頓堀のデザインって、なかなかないですよね」と柴崎さん。またひとつ、友達にプレゼントしたくなる新しい大阪土産を見つけました。
※2024年7月をもって閉店いたしました。
ラグジュアリーなティールームから一転。続いては、おおらかな日本の工芸品が揃う「ぬりもん」へ。
「角がちゃんと丸くて、ほっとする可愛さですね」と、入店早々、柴崎さんが心奪われたのは竹かごのパンケース。大分別府の竹細工職人が作る真竹の蓋付きバスケットで、「食パンはもちろん、お化粧品を入れるなど、インテリアとしてお使いになる方もいらっしゃいます」と、営業担当の木下真由美さん。
「高級食パンを入れると、食べるまでの時間も楽しめますね」と、柴崎さんの想像が膨らみます。
「ぬりもん」は、創業明治38年の漆器メーカー、祖父江ジャパンが手掛けるニュースタイルのショップ。漆器を中心に、現代の暮らしに寄り添うナチュラルかつカジュアルな工芸品が多彩に揃っています。
「これもかわいい。お家の形をしていて」と、お隣の棚でまたしても気になるアイテムを見つけた柴崎さん。会津桐工芸の職人による角重で、手に取ると思わぬ軽さ!
「屋根の三角の部分も空洞になっているので、エビフライのように盛り上がったおかずを入れても潰れないんです」という木下さんに、「何を入れるか考えるだけで楽しいですね」と柴崎さん。
「ちっちゃい箱みたいなものが好きで、妙に気になるというか。でも、(部屋の)置くスペースに限界があるから買い物は厳選して。こうして悩んでいる時が楽しいですよね(笑)」。
現代の暮らしを見据えた工芸品として、「ぬりもん」には食洗機対応の漆器や、モダンなグレー漆の椀物やコップなども並びます。
「食洗機対応はすごく嬉しいですね。木の器はどうしてもお手入れが心配。私、結構ガサツなので……(苦笑)」と柴崎さん。
「特に漆塗りの汁椀などは扱いが難しいんじゃないか? と思われる方が多いのですが、実際は中性洗剤で洗えます。柔らかいスポンジで手洗いできるので、そんなに難しいものではないんです。ただ、最近では食洗機を使われる方も多いので、対応商品が増えています」と、木下さん。続けて案内してくださったのは、岩手盛岡の南部鉄瓶。店頭には漆塗りの南部鉄瓶のシリーズもあります。
「存在感がありますね」と見惚れる柴崎さんに、「湯呑み2杯分が取れるほどの小ぶりな急須なので、おうちでお茶漬けを召し上がる時に使っていただくのもおすすめです」と木下さん。「確かに! 気分が違いますね。いいなぁ…。欲しくなるものばっかり(笑)」と、柴崎さんの物欲はいよいよ沸点に。
最後は、写真愛好家の柴崎さんにとっては憧れのブランド「Leica(ライカ)」。「写真は趣味で撮ったり、見るのも好きです。『ライカ』は憧れがありつつも、自分では使ったことがなくて。一度は『ライカ』を、という気持ちはあります」。
「まずは」と、店長の新潟憲章さんが柴崎さんに手渡したのは、「ライカ」を代表するライカMシステムの一つ、ライカM10-P。M型伝統の控えめな存在感がさらに進化を遂げた名機です。
「露出は絞り優先機能が付いているので半分オートなのですが、ピントはマニュアルフォーカスのみなんです。ライカM型はレンジファインダーカメラで、窓(ファインダー)に映る二重像を合わせてピントを定める方式です。ぜひシャッターを切ってみてください」
新潟さんの言葉通りに柴崎さんが試すと、ソフトかつキレのあるシャッター音が鳴りました。「音が穏やか。押した感触もいいですね」と驚く柴崎さん。ライカはドイツ最高の光学技術を駆使した描写力も秀逸ですが、撮影時の気持ちを高める感触にもこだわっているそうです。
「これもかっこいいですね」と、柴崎さんが目を奪われたのはライカTL2。
「このボディはアルミの塊を削って作られているんです。一つの金属の塊から削り出したユニボディのカメラボディはこれが世界初。機械で削り出したうえ、人の手で40分間磨いて仕上げているんですよ。」と新潟さん。
「まさか手で磨かれているとは! 一つずつ丁寧に作られているんですね。手触りもツルツルで、すごくきれい。手になじむ形も心地いいです」。工業製品では奇跡的ともいえるライカのこだわりに触れ、柴崎さんは驚きの連続。
大丸心斎橋店のライカストアにはギャラリーが併設され、現在(〜12月10日まで)は写真家、ハービー・山口さんの個展を開催中。「ライカ」のモノクローム写真専用カメラ、ライカM10モノクロームで撮影された作品を間近で鑑賞できます。以前、ハービー・山口さんと対談したことがあるという柴崎さんは、親しみを感じながら作品をじっと見つめます。
「学生時代は写真部にいて、その頃に写真を始めたんですけど。当時はモノクロフィルムの手巻きで、自分で現像して。モノクロ写真はやっぱり特別感がありますよね」と、柴崎さん。
思春期の頃は、ショーウィンドウを眺めているだけでワクワクしたという大丸心斎橋店。本館グランドオープンを経て装いは新しくなったけれど、柴崎さんにとっては今も変わらず、「ここが大阪のサムネイル」。
1973年、大阪市生まれ。デビュー作『きょうのできごと』が行定勲監督により映画化され話題に。『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞を受賞。『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、『春の庭』で芥川賞を受賞。作家生活20周年となる2020年7月、新境地を切り開く物語集『百年と一日』を上梓。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/エレファント・タカ 取材・文/村田恵里佳 編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
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