DRAMATIC FLOWERS
季節のおもてなし
日本の四季を感じる館内のフラワーアートは、
海外からの評価も高い、
グリーンディレクター西畠靖和さんによるもの。
制作の舞台裏を探りに「花一春園」へ。
大丸心斎橋店本館内を季節ごとに植物で華麗に演出するのは、グリーンディレクター・西畠靖和さん。圧倒的なスケール感と繊細なディテールを併せ持つ西畠さんの作品は、近代建築に大きな功績を残したウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築様式と呼応して、館内を特別な空間へと導いてくれます。
2019年秋のグランドオープン時には柿の実を纏った樹木のドレスをステージで展開、春には「SAKURA OMOTENASHI」、1周年記念の「Shinsaibash.Ismー心斎橋イズムー」では大丸心斎橋店のシンボルである孔雀を表現するなど、植物を通してハレの日にふさわしい世界観を見せてくれるのも、西畠さん作品の魅力です。
そんな西畠さんの作品は、どのようにして生まれているのでしょうか? 制作の舞台裏や作品への想いを探るべく、氏が代表を務める「花一春園」にうかがいました。
「花一春園」がある大阪・池田市の細河地区は、室町時代末期からの歴史をもつ植木のまちで、埼玉・安行、愛知・稲沢、福岡・久留米と並び、日本の植木四大産地と言われています。
「曽祖父が植木を始めて、祖父が初めて植物を温室に入れて花を咲かすことを始めたと聞いています。『花一春園』を立ち上げたのは父で、今では観葉植物などの幹を曲げることも多いと思いますが、父はそれを先駆けてやり始めました」
西畠家のヒストリーを話す靖和さんは、植物に関わる仕事がそうさせるのか、見事に引き締まった身体に、精悍な顔つき。仕事師の雰囲気をひしひしと醸し出していますが、時折浮かべる笑顔がとてもやさしい印象です。
そんな西畠さんと大丸の縁が始まったのは、およそ30年前。現在、心斎橋店の装飾を担当する段野正夫との出会いからです。
「その頃、僕は梅田店にいたんですけど、西畠さんにお会いして。こんな人がいるんやと驚きました。こちらの要望に反応してくれるというか、自分のところの事情などはあまり考えずに、いかにいいものを飾るかを考えてくれるんです」と段野。
西畠さんも、入社間もない段野とは通じるものを感じたそうですが、彼に言われた一言を今でも強烈に覚えているそうです。
「その当時は僕も若くて、自分のやってることにめちゃくちゃ自信があって、これでもか、これでどうやという態度だったんですよね。そんな時に段野さんに、『植物は主役じゃない』とポンと言われた」
一瞬腹が立ったけど、次の瞬間にその通りだと思ったと西畠さんは言います。
「なぜか、素直に。ほんまや、俺、間違えてるわ。恥ずかしくなった。この言葉は一生忘れないですね。これがあって周りが見えるようになった。本当に大事な一言でした。百貨店にとって一番大事な商品のよさを、どれだけお客さんに伝えられるか。考え方が変わったし、大げさでなく、人生観も変わった」
お互いの仕事に対する想いを理解しあった出会いから約30年後の2019年9月、西畠さんは段野と共に、生まれ変わる大丸心斎橋店本館の装飾を手がけることになります。
「段野さんからお話を聞いたのは、オープンの1年半前。うちの近所の居酒屋でしたね。今までにない大きなプランだったので、最初は半信半疑で。どうせどっか飛んでいくやろうと思ってましたけど(笑)」
長年にわたる西畠さんとの仕事を通して、段野はヴォーリズ建築を残しながら再生する大丸心斎橋店本館を飾るのは、西畠作品こそふさわしいと考えました。
「今までの百貨店の植栽装飾と何が違うかというと、1年を通してやり続けるということなんですよ。それは相当覚悟がいるなと。でもそれを西畠さんに託したいと思いました」と段野。
計画が進む中、改めて再生されつつある建築物を見た西畠さんは、その重みをひしひしと感じたようです。
「心斎橋店は全然違いますよ。やっぱり歴史かなあ。特別なものだと思いますよ。その舞台に持っていっても恥ずかしくないものを作らなければと思いましたね。百貨店の装飾というと、普通は背景のショップや商品を意識しながら、店に置く植物を決めるんですけど、大丸心斎橋店は建物だけを意識する。若い時からヴォーリズ建築のことは聞いてましたけど、新たにオープンして改めてすごいなと。最近は、他のヴォーリズ建築も意識して見てるんですけど、やっぱちゃうよなと思うんです」と西畠さん。
花一春園の工房には、さまざまな形をした、とても存在感がある原木があちこちに置かれています。1周年記念の「Shinsaibash.Ismー心斎橋イズムー」でも、さまざまな場所で展示されていたニリです。
「ニリは、インドネシアの木ですが、340年に渡ってオランダがインドネシアを統治していた時代に伐採され尽くしたと言われていて。その貴重な木が地中に埋まっていたのを13年前に輸入しました。長い時を刻んでいるからこその輝きで、色、艶、全てがパーフェクト! 現在ではインドネシア政府も輸出を許可していないため、貴重で特別なものなんです」と西畠さん。
それほど貴重な木を輸入できたのも、西畠さんが10年以上インドネシアに滞在し、原木アートのオブジェを作り続けていたからです。
2004年、西畠さんは生け花の材料を買い付けにインドネシアのバリ島を訪れたところ、ニリのような魅力的な素材と出合い、面白い形のものを集め始めました。
「そうしているうちに、ヨーロッパやアメリカの人たちが、僕が集めているものを欲しい欲しいと言うんですよ。それだったら販売してみようかと、サンセットロードという大きな通り沿いに「NAKARA」という店をオープンしました。最初はインドネシアの従業員も『これ何? こんなの絶対売れへん』と言ってましたけど(笑)」と西畠さん。
イタリアの著名な建築家、ジャンニ・フランチョーネ氏がふらっと店に寄ってくれたこともあるそうです。
「僕が作ったオブジェを買ってくれて、それは、彼の『バリスタイル』という本の中にも登場しています。ものすごく気に入ってくれてたみたいで、バリからイタリアへ持って帰って今でも事務所に置いてくれています。『友達がすごくカッコいいと言ってくれてる』というのを聞くと嬉しいですよね」
「NAKARA」はたいそうにぎわって、現地で有名店になったそうですが、好事魔多し。信頼していたスタッフの裏切りに遭い、失意の西畠さんは、2014年に再び日本に拠点を移します。
「人間不信になるほど、どん底に陥って帰ってきた時に、段野さんが声をかけてくれたんですよ。『これでまた一緒にできる』と言ってくれた。嬉しかった。人生をかけたバリ島での10年間、その全てを失うなんて経験は人間それほどできないと思いますよ。そんな経験積んだ時に一言声かけてくれた。だからめちゃくちゃ助けられた」
お互いに全幅の信頼を寄せる2人は、西畠さんの帰国後も、梅田店や神戸店など、大丸を舞台に仕事を続けます。
「段野さんは、アイデアとかヒントとかをくれるんですよ。だから僕もすごく面白い。デザイナーさんによっては、この植物でいくと決めたら頑なに通そうとする方もいるんですが、植物って時期外れのこともあるんですよ。それを無理に探しても、いいものに当たることはほぼない。段野さんは臨機応変に対応してくれます。信用してくれてるんでしょうね。キャッチボールができるから面白い。だからやりがいが出てくる。やりがいが出てくると責任も出てくる。だから常に最高のものを提供しようと思いやれる。だからいいものができるんです」と西畠さん。
そんな西畠さんと段野との集大成のひとつが、大丸心斎橋店の装飾なのかもしれません。
「あの場所では、お客さんが何かを感じることが一番大事。すごくきれいな花を飾って、そこだけ注目されてもダメなんですよ。入った瞬間に「わー、この空間はなに!?」と思ってもらわなければ。1階だったら、ヴォーリズの幾何学模様の天井とショップが一体化して、目立つものもなく、ただ気持ちがいいというのが理想。そんな空間づくりを2人で目指しています」
西畠さんが今のような原木アートを作り始めるきっかけとなったオブジェが、アトリエに置かれていました。
「これは、僕が21歳か22歳の時につくったもの。40年近くも前にこういうものを作りだしたのは、将来、木を切ったらあかんようになって、人工で植物をつくらないといけなくなると思ったから。これは、めちゃくちゃ硬いレッドウッドをチャーンソーで切ってからバーナーで焼いて、ワイヤーブラシで仕上げました。これがオブジェをつくり出した始まりちゃうかな」
日々、木々や花と接している西畠さんが、植物が美しい、カッコいいと思えるポイントがあります。
「美しい植物は、軸になる太い葉脈が全部きれいに2つにに分かれている。だからかっこいい。たとえばこのリドレイは漠然と見たら、全部網目のようにつながっているように見えるでしょ? でもよく見ると太い葉脈はつながってない。最後の最後まで二つに分かれていて、隣の葉脈とぐちゃぐちゃに交わらない。だからきれいなんですよ」
西畠さんは、きれいでかっこいい植物には何かある、理由があると言います。そういうものに気づくことが大事で、それが次にデザインする時に役に立つと。
「なんでこれがカッコいいんだろう? この立体感はなんだろうか? と、いろんな場面でそういう疑問を持つことが大事。それは生き方にも通じていて、僕はなんでこんなことをしてるんだろう? どのレベルまで自分を持っていくつもりか? 常に自分の胸に問いかけてますね」
疑問を持つことで、よりよい作品作りにつなげていくのが西畠さんのスタイル。この先も大丸心斎橋店を彩っていくであろう、植物とアートの世界にいっそう期待が高まります。
1961年大阪生まれ。花木、植物、特殊花材の卸問屋「花一春園」の二代目。生け花の花材を日本中のみならず世界へと追い求め、新たな素材を探しに出かけたインドネシア・バリ島で原木を削り出してつくる作品を制作し始める。2004年アート&デザインショップ「NAKARA」をバリ島に設立。2014年より活動の拠点を日本に置き、「NOUN-N」として、木をアートにするパイオニアとして活動の場を増やす。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写写真/エレファント・タカ 取材・文/蔵 均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
日本の四季を感じる館内のフラワーアートは、
海外からの評価も高い、
グリーンディレクター西畠靖和さんによるもの。
制作の舞台裏を探りに「花一春園」へ。
DRAMATIC FLOWERS Vol.3
DRAMATIC FLOWERS Vol.1