Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪の伝統芸能・人形浄瑠璃文楽。ユネスコの無形文化遺産にも登録される総合芸術で、その次世代を担うひとりとして注目されるのが竹本織太夫さん。生まれも育ちも心斎橋という生粋のミナミっ子で、大丸心斎橋店には贔屓筋との会食や家族とのショッピングでも訪れるそう。今回は織太夫さん行きつけのお店を巡りながら、ハレとケの思い出を教えてもらいました。
お好み焼きの名店「千房」。そのハイクラス系列にあたる「ぷれじでんと千房」はシックな雰囲気のなかで鉄板焼きが楽しめる、まるで高級ステーキラウンジのような居心地。織太夫さんも特別なことがあるたびに、こちらで食事会を開いています。
つい先日も地元企業の方々との懇親会で来店されたという織太夫さん。東京のお客様をもてなすときや新弟子の入門の際のお祝いでも訪れるなど、「ここ一番のとき」に利用することが多いようです。
手際のよいコテさばきを嬉しそうに見つめる織太夫さん。千房のお好み焼きは、小さい頃から口にしていたソウルフードなのだと言います。
「祖母が旅館を、両親が割烹を営んでいました。ハモや松茸、フグの季節は繁盛期。仕事が忙しくて子どものごはんが作れないときは、『千房』で出前を取ってくれたんです。僕がまだ小学生のときで、それが楽しみでしたね。映画館で千房のコマーシャルが流れるのを見ては家が早く忙しくなれへんかなと思ってました(笑)」
個室の鉄板を任されるスタッフの堤さんは、焼き場に立って3年。ベテランスタッフの技をそばで学び、毎日焼き続けることで店の味を守っています。コース料理にはフォアグラのソテーや国産黒毛和牛のフィレステーキなどさまざまな鉄板メニューがあり、「接待で来られたお客様も“お好み焼き”って聞いていたのに……と、ギャップを喜んでくださいます」と堤さん。
織太夫さんがオーダーした千房焼は、昔ながらの「千房」のお好み焼きと生地は同じ。黒豚、イカ、貝柱、有頭海老など高級食材が盛り込まれています。文楽の公演中やお稽古中はお酒を控える織太夫さん。千房焼の相棒には紅茶をソーダで割った千房特製ソーダを。「子どもの頃からこれしか飲んでない。スッキリしていて、“こなもん”に合うんです」。
「家族や友人と来るときは軽めのコースにして、とん平焼きとか自分の好きなものを単品で追加。お好み焼きの後にそばめしを必ず頼んで締めます」
舞台で長いときは1時間以上一人で語ることもある織太夫さん。太夫という仕事はスタミナ勝負でもあります。笑顔で千房焼をぺろりと平らげる食べっぷりがとても爽快でした。
※2024年7月をもって閉店いたしました。
織太夫さんが続いて訪れたのは本館6階にある「Nplatz byNAIGAI(エヌプラッツ バイ ナイガイ)」。創業100年を迎える国産靴下メーカーの直営店。オリジナルの靴下をはじめ、アンダーウエアやリラクシングウエア、ルームシューズなどを豊富に取り揃えています。
大丸心斎橋店が昨年リニューアルオープンしたとき、織太夫さんが最初に訪れた店はこちらでした。その目的は「当時中学2年生の長男のパンツを探しに」。これまでお母さんが買ってくるパンツを履いていた息子さんが、初めて自分からパンツを買いたいとお願いしたようです。それは、父親として息子の成長を感じる感慨深い日だったといいます。
息子さんが欲しがったのは「カルバンクライン」の黒のボクサーブリーフでした。「中学生になると校則で靴も靴下も白。髪型はツーブロック禁止。個性の出しどころが限られてしまう。数少ないオシャレの楽しみどころとして、ウチの倅の場合はパンツだったんじゃないかな」と織太夫さん。
店内でアサメリーを見つけた瞬間、「僕、この下にアサメリー着てるんです」と突然のカミングアウト。アサメリーとは綿100%の国産高級肌着のことです。
というのも織太夫さんが10代の頃、先代(五代目竹本織太夫さん)のお着替えを手伝ったとき、先代が肌着に愛用していたのがアサメリーでした。文楽の太夫はすべての登場人物を基本一人で語り分けます。舞台を下りる頃にはびしょ濡れ。そのため、汗をかいても肌離れがよく、着心地のいいアサメリーを用意されていたのです。「いつかはアサメリーの似合う大人になりたい」と想いを抱き、40歳を機に肌に触れるものはアサメリーでそろえることに。
「男四十過ぎると割烹着の似合う女性に惹かれるように、僕はランニングシャツとステテコが似合い、ラジオ体操をかっこよくできる大人を目指しています」
アサメリーを愛用するもう一つ理由は、全国の百貨店で手に入るから。「仕事柄、出張が多いので、替えがすぐ手に入ることは大事。ストレスにならないんです」と織太夫さん。
※2024年7月をもって閉店いたしました。
織太夫さんのモノに対するこだわりがわかったところで、続いては本館8階の「中川政七商店」にやって来ました。日本の工芸をベースにした、機能的で美しいアイテムを取り揃えている奈良創業のお店です。
ふきん、ウェットタオル、ランチボックス……。店内を回りながら愛用品を教えてくださる織太夫さん。「中川政七商店」のブランディングを手がけるgood design companyの水野学さんとは20年来の友人。
織太夫さんの名刺や配り物のデザインも水野さんがされています。つまり、織太夫さんの身のまわりは「水野さんのデザインだらけ(笑)。『中川政七商店』には水野さんが関わるブランド『THE』の商品をはじめデザイン性の高いアイテムが揃っているので、ここで買ったものを持ち帰ると、今までそこにあったかのような統一感があるんです」。
お店の人気商品といえば、奈良県の工芸「かや織」を使った機能的なふきんです。織太夫さんはこのふきんを「十何代目か分からないくらい」使っているそうで、その品ぞろえを見て「いっぱい種類が増えてるね」と興味津々。
素材やサイズ、デザインが異なるので、用途に合わせて選べるようになっています。店長の稲垣遥さんがオススメするかや織ふきんは、綿のかや織を2枚重ねにした「花ふきん」です。一般的なふきんの約4倍の大判薄手のため、吸水性と速乾性に優れています。
「これ、便利なんですよ」と織太夫さんが教えてくれたのは、鹿の焼印が入った筆ペン。「師匠がこれでサインしているのを見て、それから使っています。必要なときに出して、さっと書けるので、カバンに入れて持ち歩いています」。芸だけでなく、身のまわりの物まで、師匠から弟子へと受け継がれています。
店内を回るうちに、気になるものを発見。それは馬革のめがね紐。織太夫さんは行く先々でめがねやスマホ、財布を忘れてしまうそう。今日お持ちのめがねのレンズは焦点距離が35cmに設定されているので、「外食でメニューや料理を見るためにしか掛けない。付け外しが多いので紐があると便利なんです。これ、いいね! 今日の逸品ということで」とご購入。いい出会いがあったようです。
織太夫さんの暮らしが垣間見えたところで、お次は本館地1階へ。家から一番近いスーパーは“大丸のデパ地下”とおっしゃるくらい、このフロアがお気に入り。中でも「茅乃舎」のだしはコロナ禍で一番お世話になったと言います。
「茅乃舎」は福岡の自然食レストランから生まれた調味料の専門店。人気の茅乃舎だしをはじめ、国産の原材料にこだわった化学調味料・保存料無添加の商品がそろいます。
ご家庭の食材や調味料選びは織太夫さんが担当。「迷惑がられるぐらい買って帰りますよ。『父上、デジャヴだよ! 3日前にも同じものを買ってるよ!』と言われても、『えぇ? 買ったか?(笑)』って言いながらね」。
茅乃舎だしはもちろん、野菜だし、昆布だし、極みだし、あごよせ鍋のだしつゆなど、だし商品はほぼ制覇しているので、新商品が出ているとすぐにキャッチ。気になる商品があればその場で試飲ができるのも茅乃舎ならではの魅力です。
「これ気になるなぁ」と織太夫さんが手に取ったのは、新作の胡麻鍋のだしとつゆ。スタッフの桑原良子さんは「ぜひお味見してください」と試飲の準備をしながら、「豚肉でも鶏肉でもおいしく召し上がっていただけますし、締めにミンチ肉を入れると担々麵風にアレンジできます」と教えてくれました。
織太夫さんも一口啜って、「胡麻のコクがいいですね」と破顔。「豚肉とニラと豆腐。これだけで食べられるよね」と献立がすぐさま浮かんだようです。
織太夫さんと茅乃舎の出会いは13年前に遡ります。福岡にいた女流弟子が明太子好きの織太夫さんのために、おすすめの明太子を毎月送ってくれていました。するとある日、彼女から「明太子と同じ会社の中に新しいブランドができたので、よかったらお試しください」と送られてきたのが茅乃舎だしでした。しかも、ブランディングを手がけていたのは「中川政七商店」と同じく盟友の水野学さん。縁を感じずにはいられませんでした。
水野さんが手がけるパッケージデザインについても、「素敵だよね。必要な情報が必要な大きさで必要な分だけきっちりデザインされている」と織太夫さん。
だし以外も調味料やドレッシングが充実。織太夫さんは和風ピクルスの素を使って、セロリやミニトマトをピクルスに。茅乃舎めんつゆで他人丼を作るそう。
だしを思う存分味見した後は、併設する「KAYANOYA DASHI SOUP BAR」で、だしスープをイートインします。和風かき玉や和風柚子おろしといったメニューもそそられますが、織太夫さんは生クリームとチーズを加えた洋風クリーミーをチョイス。そのお味は? 「とっても品がいい。冬にぴったり」と織太夫さん。
お買い物を済ませた織太夫さんが最後に訪れたのは「すし萬」。1653年創業。小鯛雀鮨を代表に、江戸時代から大阪すしを伝えるお店です。こちらにも、織太夫さんが師匠から受け継ぐ、ある伝統がありました。
「ここが特等席」とカウンターに座る織太夫さん。東京のお客様をお連れするときは、日替わりのおすすめメニューを一通り味わって、大阪すしで締めます。
「目の前で作ってもらえて、できたての大阪すしをいただける。特別ですよね。居心地が良くて、こないだも3時間半くらい居ました」
大阪すしは、圧し(おし)すしと巻きすしが味わえるメニュー。「圧しすしは小鯛、穴子、海老と玉子の3種類を別々におして6等分し、2切れずつを組み合わせます」と統括料理長の松浦勇介さん。調理法や味つけなど、懐石料理のすべての要素が盛り込まれているため、“二寸六分の懐石”とも言われています。
「新鮮な魚介を握って食べる江戸前鮨とは違って、大阪すしは時間が経ってもおいしく食べられるようにひと手間もふた手間もかけている。それを思うと、大阪の文化を味わってるんだなと実感するんです」と織太夫さん。
織太夫さんは師匠のお使いで、10代から「すし萬」に通っています。師匠が毎年、お世話になっている方にすし萬の鮨を持っていく姿を見ていました。
「今は自分が贔屓先やお世話になった方々にすし萬の鮨をお届けにあがれるようになった。それを誇りに思います」と織太夫さん。師匠から受け継がれているのは至高の芸だけにあらず。舞台人としてのあるべき姿も継承されているのです。
1975年、大阪・西心斎橋に生まれる。祖父は文楽三味線の二代目鶴澤道八、大伯父は四代目鶴澤清六、伯父は鶴澤清治、弟は鶴澤清馗という文楽の家系に育つ。1983年、豊竹咲太夫に入門。初代豊竹咲甫太夫を名乗る。1986年、「傾城阿波の鳴門」で初舞台。2018年、八代目竹本綱太夫五十回忌追善「摂州合邦辻」で六代目竹本織太夫を襲名。NHK Eテレの『にほんごであそぼ』にレギュラー出演。大阪市立高津小学校にて“高津子ども文楽”の先生を務めるなど、文楽の魅力を幅広く発信。近著に『文楽のすゝめ』『ビジネスパーソンのための文楽のすゝめ』がある。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/西島渚 取材・文/福山嵩朗 編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
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