Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES約30年という長い準備期間を経て、2022年早春、ついに開館する「大阪中之島美術館」。大阪のニューシンボルになるであろうこの美術館実現に向けて28年間奔走し、初代館長も務められる菅谷富夫さん。今回は長年培われてきたアートの視点を軸に、また、個人的に気になっているというアイテムもチェックしながら、大丸心斎橋店を巡りました。
「まず意外だったのは、『美術画廊』じゃないんだ! と。名前だけでなく雰囲気もオープンな感じに変えられましたよね? 今までの百貨店美術部の常識とは違うあり方を模索されている様子がよくわかって」。
菅谷さんがお話される「美術画廊」とは、リニューアル前の大丸心斎橋店にあった百貨店自身が運営する画廊のこと。同画廊が、東京のGINZA SIXで始めた「Artglorieux GALLERY(アールグロリュー ギャラリー)」の試みを大阪でも展開すべく、「Artglorieux GALLERY OF OSAKA」として生まれ変わりました。
「百貨店によっては今も『美術画廊』と名乗っているところがあるのですが、『アールグロリュー ギャラリー』は既存のスタイルから脱却しようと。アールは芸術を意味するフランス語、グロリューは輝かしいという英語。つまりフランス語と英語を引っ付けたどこにもない造語で、従来のこともやるけれど、もっと面白いことをやっていこうよ、という気持ちで」と、美術バイヤーの幸田哲治さん。
「百貨店の画廊といえば、周辺にはたいてい呉服や宝飾のお店があるんだけど、ここはちょっと違いますよね」。菅谷さんの言葉通り、ギャラリーのまわりにはキッチン用品やうつわなどライフスタイルにまつわるお店が並んでいます。
「生活アイテムを探しに来たお客さんがふらっと入ってくる。日常の延長に美術がある、そういう関係はすごくいいなと思っていて。僕たちもそんな美術館になりたいから、なんか先取りされたなって(笑)」と菅谷さん。
「アールグロリュー ギャラリー」は1週間ごとに展示替えがあるため、毎週、様々な作品に触れられるのも魅力。国内外あるいは時代を問わず、巨匠から若手まで幅広い美術作品を展示。もちろん販売もしています。
「美術は観るっていうのも楽しみだけど、持ちたいっていう欲求もあるよね」。そう話す菅谷さんが目を向けた展示(撮影時、現在は終了)は、伊藤若冲や横山大観など歴史的大家から現代の巨匠まで、名品の復刻画を展示した『日本画巨匠復刻画展』。さすが菅谷さん、これまでに原画を観てきた作品もあり、「これは確かすごく大きいんですよね」とギャラリースタッフと言葉を交わします。
「こうして開かれたギャラリーがあることで、多くの人が美術に触れる機会、あるいは作品を持ってみよう、買ってみようという機会に結びついていくと思う。だから僕らとしても心強いというか。美術館と百貨店美術部は決して同じではないし、それぞれの役割があるけれど、対象としているのは共に地域に暮らす皆さんであるわけだから」。
約1年後に開館が迫る大阪中之島美術館を背負って立つ菅谷さん。歴史ある百貨店で繰り広げられる新しいギャラリーの挑戦に静かな刺激を受けられたようです。
続いて訪れた「MoMA Design Store(モマ デザインストア)」は、MoMAことニューヨーク近代美術館が製作またはセレクトした、グッドデザインなアイテムが揃うプロダクトショップ。
「美術館によるショップ、ということもあるんだけど、こちらには楽しい商品が多いので個人的にも好きなんです」と菅谷さん。まずはスタッフ上本麻衣さんの案内で店内を見て回ることに。
「おすすめはこのトランプです」と上本さんが手にしたのは、今も記憶に焼きつくPARCOの旧ロゴを手掛けたデザイナー、五十嵐威暢が手掛けたもの。両面にプリントされた大胆なグラフィックデザインはとても美しく、遊び心も感じられます。
コロナ禍で増えたお家時間を楽しむためのアイテムを揃えたこの一角には、AIR BONSAIと呼ばれる水やり不要のバルーン型盆栽や、日本ではおなじみTOYO(東洋スチール株式会社)のツールボックスなども並んでいます。
「面白いよね。こういうアイテムはスタッフの皆さんが見つけてこられるんですか?」と菅谷さん。
「ニューヨークで選定されたものもあれば、日本にいるバイヤーがセレクトして、MoMAの承認を得た上で扱っているものもあります。日本の工業デザインが生かされたプロダクトはMoMAお気に入りのものも多くて、現地でも数多く取り扱われています」と上本さん。
「これは!?」と菅谷さんが興味を持ったのは、カップヌードルのロゴがプリントされたコースター型陶器。上本さん曰く、カップヌードルの紙蓋を押さえるためのウエイトで、れっきとした有田焼。本物そっくりにプリントされたデザインを見て、菅谷さんがクイズを出題。
「これは誰のデザインかわかる?」。上本さんも取材チームも知らなかった、その答えは大高猛。
「大阪のデザイナーなんだよ。もう亡くなっちゃったんだけど、1970年大阪万博のシンボルマークや関西国際空港のキャラクターも手掛けた人。思うんだけど、これを使い続ける日清がエライよね。60年代っぽいサイケなデザインで、現代にはそぐわないかもしれない。でも半世紀も変えずにきたからこそ、この有田焼のアイテムも生きるというか」と菅谷さん。
美術の入り口は身近なところにある。「モマ デザインストア」に揃うプロダクトもそうですが、菅谷さんのモノを見る視点に触れると、そのことがとてもよくわかります。
「今、二つ折りの財布を使っているんだけど、小銭やカードを入れるとどうしても膨れちゃうんだよね。先日、こちらのお店を少し見せていただいて、スタッフの方ともそんな話をしていて」。
目下、お財布問題に悩む菅谷さんが、実は2度目の来店という「CYPRIS(キプリス)」。革小物に定評あるブランドで、すべて日本製のオリジナル。良質の皮革を素材に職人が秀逸な縫製で仕上げる財布はとりわけ人気のアイテムです。
「お財布はポケットに入れられますか? それともバッグですか?」とスタッフに問われた菅谷さんは、「バッグに入れるんだけれども、バッグそのものが財布で膨らむんだよね(笑)」と、軽妙に答えながらもかなり深刻なご様子。
「小銭だけならまだしも、最近はカードも増えてきて……」。困り顔の菅谷さんにスタッフが差し出したのが、ハニーセル構造のカード収納付き長財布。
「商品によって枚数が変わるのですが、21〜23枚のカードが収納できます。この形状なら通常のものより厚みが出ませんし、1枚ずつ重ならずに収納できるのでレジで慌てて探さないでも済むのでおすすめです」とスタッフ。
「そうそう、先日もこれを拝見して。すごいよね、よくできている」。東京都内の工房で技術ある職人が手掛けたというその構造に感心しながら、素材の質感も確かめる菅谷さん。20〜30代の頃は工芸をフィールドとするライターをされていたこともあり、「革や布は特に好きなんです」と目を細める。
お財布の新調を悩みつつ、店内をひとまわりする菅谷さん。「鞄も好きなんだよね」と新たに心惹かれたのは、「キプリス」オリジナルのビジネスブリーフ。
「若い頃は鞄に本ばかり入れてたんだけど、そうすると重い。だから最近はあえて入らないような薄いバッグにしてる。だから、財布を入れるとポコっと膨らんじゃうんだけど(苦笑)」。
財布膨れを解消するならややボリュームのあるものを、と手にしたのは、きめ細かくふっくらとしたレザーの表情が素敵なトートバッグ。表面の泡を思わす粒状のシボが特徴のスパークリングカーフ。フランス・デュプイ社の最高品質カーフ(仔牛の革)ゆえ、肌触りのなめらかさも抜群です。
「あぁ〜、この誘惑がつらいんだよな。あとでそっと来て買おうかな(苦笑)」と菅谷さん。大切に使えば一生ものになりうるレザーアイテムは、価格も一級。湧き上がる物欲をひとまずなだめて、次のショップへ向かいました。
※2024年7月をもって閉店いたしました。
「万年筆が欲しいなと思っていて。高校生の頃、パイロット製のものを持ってたんだけど、それ以降はあまり使うことがなく、特に不自由もなかった。ところが最近、海外の美術館とやりとりする際に書類へのサインが必要になって。今は水性のボールペンでしのいでいるんだけど(苦笑)、やっぱりここは万年筆だろうと」。
開館準備が大詰めとなり、必需品であることが実感されたという万年筆。続いて訪れた「心斎橋筆記具倶楽部」は世界の筆記具、とりわけ万年筆は目移りするほど品揃えが充実しています。
スタッフが相談に応じながら、希望の1本へ導いてくれるのも専門店ならでは。どんなものがいいのかな?と話す菅谷さんに、スタッフがまず案内したのは高級筆記具の代名詞である「MONTBLANC(モンブラン)」。シンボルのモンブランエンブレムは愛好家にとっても憧れの存在です。
菅谷さんが早速試し書きしたのは1924年生まれの定番モデル、マイスターシュテュック。
「わずかな筆圧で書ける柔らかいタッチのものになります。試しに普段よく書かれるであろうお名前を書いていただいて、文字が潰れるようでしたら太さをワンランク下げるのがいいと思います。ただ、大きな文字を書かれる際に細いものですと華奢に見えてしまいます」。
スタッフの言葉にうなずき、「貧相になっちゃうのは困るから、ちょっと太めがいいよね」と菅谷さん。
万年筆は使う人の筆圧によって文字の太さが変わるため、実際に書いて試すのが一番。そう話すスタッフのススメで、菅谷さんはいろんなメーカーの万年筆を試し書きすることに。
弓矢のクリップが輝く「PARKER(パーカー)」の中でも最高級ラインのデュオフォールド、流線型の独創的なフォルムがエレガントな「WATERMAN(ウォーターマン)」のカレン、さらに14金または18金の金板から作られる緻密かつ貫禄あるペン先が美しい「Pelikan(ペリカン)」のスーベレーン……持ち心地やペン先のしなり、書き心地や文字の太さを一つずつ確かめ、菅谷さんがお気に入りに挙げたのはモンブランとペリカン。
「万年筆って使う楽しみがあるよね。ますます欲しくなったけど、これは迷っちゃうなぁ(笑)。あとはどれにするか、それだけだよな」と菅谷さん。美術館の開館時には、館長デスクに愛用の1本がそっと置かれていますように。
最後は菅谷さんにとって思い出深いブランド、「ROYAL COPENHAGEN(ロイヤル コペンハーゲン)」へ。18世紀の北欧デンマークで、ジュリアン・マリー女王によって創設された王立磁器工場をルーツとし、現在も伝統と誇りを守る高貴なテーブルウェアを生み出しています。
「20年程前、『ロイヤル コペンハーゲン』の親会社であるロイヤル スカンジナビアを紹介する展覧会をお手伝いしたことがあるんです。現地から届くはずの資料が一向に来ないから、もぅ行く!とデンマークまで飛んで。その時、『ロイヤル コペンハーゲン』の工房も見せてもらってショックを受けたんです」と菅谷さん。
創設から約250年を経て、現在では世界企業の一つとも言える磁器ブランドですが、菅谷さんはその意外な企業のあり方に感銘を受けたと言います。
「絵付けはすべてペインターが手描きしているんだけど、その職人さんは数十人しかいない。それも自分たちがやりたい分だけ描いたら仕事は終わり。1日中働いても、半日で帰ってもいい。今日はお皿を10枚まとめてとか、違ううつわをちょっとずつ仕上げようとか、内容も職人自身が決めていて、働き方がものすごく自由なんですよね。専門の学校を卒業して、試験もパスした優秀な職人ばかりだから、仕事の質はとてもちゃんとしている。それでいて、自分たちの生活に合わせた仕事をしている。そうしたあり方で世界に向けた企業になれるというのがすごいことだと思って。本当に勉強になりました」。
すべての底にペインターのサインが入っている「ロイヤル コペンハーゲン」のうつわは、いわば作品。“ロイヤル コペンハーゲン ブルー”と呼ばれるコバルトブルーの顔料で、踊るように繊細な花々を描いたブルーフルーテッドは特に人気のシリーズですが、こちらのショップで一際目を引くのが色鮮やかな植物を緻密に描いたフローラ・ダニカ。
「基本的に受注生産となる特別なうつわで、これだけラインアップが揃っているのは珍しいと思います」とスタッフの國森麻紀さん。菅谷さん曰く、フローラ ダニカはデンマークの植物図鑑に記されたお花を忠実に描いたもの。
「食器だから、普通なら根っこや種子の描写は要らない。お花だけでいいはずなんだけど、これは植物図鑑を写しとったものだから全部描くんですね。元々は18世紀にロシアの皇帝へのプレゼントとして作られたと聞いていますが……」
大小様々なお皿にカップ&ソーサー、クーラーボックス、もはや何に使うのかわからない小さな器まで、1000種類以上のフルセットが製作されたそうです。
「個人的な見解としては、デンマークが勢いづくロシアに攻め入られる恐れを感じて、『うちの国の植物を全部描いたものをあげるから勘弁して!』ということだったのかもしれない(笑)。国を背負ったうつわとして象徴的なものだよね」。
ショップの一角にいても、興味深いエピソードが続々飛び出す菅谷さんのお話に耳を傾ければ、まるでここは美術館。来年の大阪中之島美術館の開館にも期待が高まります。
2022年、大阪市北区に開館予定の新美術館「大阪中之島美術館」の初代館長。1992年より大阪市立近代美術館建設準備室学芸員を務め、2017年以降は大阪中之島美術館準備室長として開館準備に当たってきた。専門は近代デザイン、写真、現代美術。これまで手がけた主な展覧会は「美術都市・大阪の発見」展、「早川良雄の時代」展などがある。「大阪中之島美術館」では、大阪と世界の近代・現代美術をテーマとする。コレクションには、大阪の実業家・山本發次郎(1887〜1951)の収集作品約600点をはじめ、2019年時点で5700点を超える作品を所蔵。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/西島渚 取材・文/村田恵里佳 編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
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