Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪で活躍する、ゆかりのあるさまざまな人たちに、それぞれの仕事やライフスタイルの視点を交えながら大丸心斎橋店を巡ってもらう「PROFESSIONAL'S EYES」。今回は、工学博士であり、数々の都市計画、まちづくりのプロジェクトを手がけている株式会社ワイキューブ・ラボの代表・杉本容子さんが登場。心斎橋の街と百貨店の関係についても語っていただきました。
まず最初に訪れたのは、大丸心斎橋店本館とは少し離れて、心斎橋筋商店街に面した路面店「agnès b.アニエスべー大丸心斎橋店」。杉本さんは、20代のころにこの店をよく訪れていたそうです。
「20代の終わりころに黒のコートを買ったんです。そのころは大学院生で、あまり洋服にお金をかけられない生活をしていたんですけど、そのステキなコートはどうしても欲しくて。何度か試着しに来て、セールになった瞬間にまた来て、ここで1時間くらいまた迷って(笑)。清水の舞台から飛び降りる気持ちで買いました」。
そのコートは10年以上着続けていたので、買ってよかったと言う杉本さん。「カシミヤが入っていて、ツヤっとした質感でとてもきれいでした」との言葉に、「黒はデザイナーのアニエスベーが大切にしている色で、美しさにこだわりを持っています」と店長の福岡洋平さん。
「アニエスベー大丸心斎橋店」は、1階にレディスとキッズ、2階にメンズとバッグを揃え、大阪市内の「アニエスベー」の中でも1番大きいショップ。関西を代表する店として、約20年も前からこの場所で店を構えています。
「心斎橋筋商店街における大丸心斎橋店の研究資料を改めて読んでみました。1990年代にアメリカ村ができて若い人が心斎橋の⻄の方へ流れてしまったため、百貨店として、商店街の魅力が落ちないように、20代の若者が回遊して来る「アニエスベー」のようなブランドを入れるという戦略を立てているんです」と杉本さん。
「その戦略に、当時の私は見事にハマりました」と笑う杉本さん。商店街に空き店舗が出ると、路面店として借り上げたり買い取ったりして、「アニエスベー」のような海外ブランドを入れることは、商店街の衰退も防ぐことになると言い、「改めて、大丸心斎橋店は、すごく面白くて、意義のあることをしてらっしゃたんだなって思います」。
小学校2年生の娘さんと暮らす杉本さんは、キッズアイテムにも目がいきます。
「キッズ向けのライン『agnès b. ENFANT(アニエスベー アンファン)』は、だいたい12歳ぐらいまで。それを超えると、メインのラインとの間に『To b by agnès b.(トゥービー バイ アニエスベー)』という、アニエスベーが考える日本の若い女の子たちにインスパイアされて、彼女たちに向けて提案するパリジェンヌ スタイルがあります」と福岡店長。
杉本さんは、2019年、コロナ禍になる前に家族でパリに行き、パリの人たちのファッションにも感銘を受けたそうです。
「小さい子どもからおばあちゃんまで、どの年代の人もみんなおしゃれですよね。服の選び方や着ている雰囲気が、日本とは全然違うなあと思って。特に、歳を重ねていくにつれ自分に合うものが何かわかっていて、おばあちゃんほどステキ。ナチュラルに着飾ってる」。
年代を超えるということでは、「アニエスベー」を代表する定番アイテム・カーディガンプレッションは、最近では若い人からの人気も再燃しているようで、「親娘で色違いを買ってシェアするという方もいらっしゃいますね」と福岡店長。
「子どもの服を買うとなると、子ども服専門店に行きがちですけど、こういうお店に家族で来て、いっしょに買い物をするのも楽しいかもしれないですね」と杉本さん。
続いて2階のバッグラインのコーナーへと向かいました。
「アニエスベーのバッグラインは、どうしてVOYAGEと言うんですかね? BAGとかではなくVOYAGEと名付けているのが、すごくステキだなあと思ってるんですけど」。
素朴な疑問を投げかける杉本さんに、福岡店長は、「デザイナーのアニエスベーが新しいラインを作るきっかけは、メンズラインは夫に着てもらうため、『アンファン』は自分に子どもができたから、『ボヤージュ』は旅に行く時に自分が持ちたいカバンを作るためだったんです」と。
アニエスベーは元々写真を撮るのが好きで、カメラを入れて持っていくためにとデザインしたのが白と黒を展開するカメラバッグ(36,300円)です。
「これすごくいい。革なのにやわらかいし、私もまち歩きをする時にカメラを持って歩くので、これはちょうどいいですね」。
まちづくりをするのに、まち歩きは欠かせないという杉本さん。次は、めいっぱい歩いても疲れない靴を探しに、心斎橋筋商店街を歩いて大丸心斎橋店本館に向かいました。
「今履いているのは、「PENDLETON(ペンドルトン)」とコラボしたブーツです。5、6年前に買って、それから履き倒しているので、かなりくたびれてきてますけど」。
そう言う杉本さんの足元を見ると「UGG®(アグ®)」のムートンブーツ。冬の寒い時期にまち歩きをするのにとても頼りになる相棒なのだそうです。
「海外へ行くと、朝から晩まで歩きっぱなしで1日30,000歩ぐらい歩くこともありますよ」
もちろん、日本でも相当の距離を歩くので、これまでは機能性を考えてスポーツブランドのシューズを履くことが多かったと言う杉本さん。
「でもデザイン的な魅力も欲しかったんですよね。だからこのブーツに出会って、テンションが上がりました!」
「ペンドルトン」とのコラボブーツは、今は販売されていませんが、「アグ®」はシーズンごとに限定アイテムをよく出しています。2021年の9月から発売されたのが牛柄のカウコレクションで、杉本さんはこちらにも心を奪われたよう。ブーツを履いてみた後、2年前に発売されてから人気が続くCA805スニーカーも試してみます。
「めちゃくちゃ軽いですね。前に重心をかけると、踏み出しやすく、すごく歩きやすい。まるで宙を飛んでいる感じのふわふわ感!」。
再びテンションが上がった模様の杉本さん。どうやら、ムートンブーツに続いて、まち歩きには欠かせない1足に出会ったようです。
水都大阪のプロジェクト、2021年には東横掘川の「β(ベータ)本町橋」のオープンなど、これまで水辺に関する仕事に多く携わった杉本さんは、2017年には、木津川べりに「川口お旅所」をオープンさせます。ここは、旧倉庫をリノベーションして、1階にワイキューブラボの事務所、2階を自宅にしたもの。自宅では、フィンランドのブランド「iittala(イッタラ)」の食器やグラスなどを愛用しているそうで、大阪に2店舗しかない直営店を訪れました。
「仕事ばかりしていて暮らしにあまり手をかけてなかったんですが、子どもが生まれたころ、家で過ごす時間を楽しくするために、ちょっとずつ『イッタラ』の食器を取り入れていったんですよ」。
愛用するうつわの中でも、水辺でお酒を飲むのが至福の時間という杉本さんが、家でビールを飲む時に使っているのが、フルッタのタンブラーです。
「これで飲むとビールをおいしく感じるんですよ。それまでは薄いグラスを使っていて、割っちゃうんじゃないかと緊張しちゃって(笑)。このグラスは厚みがあって安定感があるし、ぽこぽこしていて滑らないし、手触りが気持ちいい。大きすぎず小さすぎず、娘もこれでお茶やジュースを飲むんですけど、大人といっしょのグラスというのがうれしいらしいです」。
このフルッタ、デザイン自体は古くからあったそうですが、2019年より復刻。レモンやサーモンピンクなどのカラーバリエーションもあります。
「色があるものもいいですけど、毎日使うとなると、私はクリアですかね。あっ、このカステルヘルミのボウルも持っていて、サラダを入れるだけでもステキに見える。毎日使える感じで、普通の食器からすると少し高いかもしれないけれど、これで楽しく暮らせるスパンはすごく長いですよね」。
杉本さんが暮らす川辺の自宅には、大きな窓があって、そこにはカーテンをつけていないそうです。
「日本では珍しいと思うのですが、カーテンがない生活もいいですよ。朝明るくなったらきちんと目が覚めるし、空の色の移り変わりや季節によって飛んでくる鳥に気づくようになり、自然と一体となって暮らしているのがいいなと思って」。
そんな杉本家の生活にぜひ取り入れたいと願っているのが、オイバ・トイッカのバード・シリーズだそうです。
「私の中では、バードシリーズはすごい憧れで、いつか窓辺にこれを置いて暮らしたい。特にフクロウはかわいいです」。
愛おしそうにオイバ・トイッカのフクロウを見つめる杉本さんに、スタッフの國森麻紀さんは、「かわいいですよね。同じシリーズでも1体1体表情が違うんですよ。だから、1体買うとほかの子も連れて帰りたくなる。私たちはこれをバード沼って呼んでます(笑)。出れなくなります」。
日々「イッタラ」と暮らす杉本さんですが、最初の出会いは、大学4年生の時に初めての海外旅行で訪れた北欧でした。
「建築を学んでいたので、アルヴァ・アアルトがすごく好きで、フィンランドでアアルトの建築めぐりをしていて、このベースもどうしても欲しくて買って帰りました。アアルトのデザインは、自然をモチーフにしていて。華美じゃなくて、素材にもとても気を遣っている。ナチュラルなところに魅かれます」と杉本さん。
建築に造詣の深い杉本さんですが、大丸心斎橋店は、関西を中心に日本で多くの作品を残したアメリカの建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが手がけたヴォーリズ建築。それを体感できるとっておきの場所を見つけたようです。
大丸心斎橋店は2019年に86年ぶりの建て替えをしてリニューアルオープンしましたが、御堂筋側のファサードは、ほぼ建て替え前の姿をそのまま残しています。
「いやあ、ここは結構画期的なテラスだと思います。めちゃくちゃいいですよね。ヴォーリズ建築を間近に鑑賞できるのもうれしいし、御堂筋を上から見下ろすこともできるし。今回改めて知って大興奮でした」。
そう言って杉本さんが絶賛したのが、大丸心斎橋店本館7階の「TUFFE TERRACE EAT トゥッフェ テラス イート」のテラス。席からは、ヴォーリズがデザインし、1933(昭和8)年に建てられた、ゴシック様式の水晶塔がよく見えます。
「パリもそうですけど、海外はテラスの使い方がすごく上手じゃないですか。日本でもやっとオープンな公共空間を楽しむことが根づきつつありますが、商業施設の中ではそういう空間はなかなか作りにくそう。だから、このテラスはすごいなと思って」
店長の柏本一樹さんに勧められたハニーペッパーラテを飲みながら、杉本さんは、心斎橋の街と大丸心斎橋店の関係について、再び語ってくれました。
「大丸さんって、江戸時代〈1726(享保11)年創業〉からここにいてはるじゃないですか。今はIT技術が進んで、どこででも商売できて、どこにでも行ける時代かもしれないけど、江戸時代からこの地面とひっついて商売しているマインドは、私はいつまで経ってもなくならないと信じていますが、それを今回改めて感じました。そういう商売をぜひ続けていただきたいと思いましたね」
大丸心斎橋店は心斎橋という街の中核をなす施設、本館を中心に商店街に「アニエスベー」のようなハイブランドの路面店ができていったのは、街の成り立ちとしてとてもいいと言う杉本さん。
「今度から心斎橋の休憩スポットはここにします。昔は買い物で歩き回りすぎて足がぼろぼろになっても、心斎橋には休憩する場所があまりなかったんですよ。だからここはめちゃくちゃいいです」と杉本さん。
ヴォーリズ建築を間近で堪能した後は、ヴォーリズにゆかりのある菓子店を訪れることにしました。
大丸心斎橋店の地1階にある「たねや」は本店が滋賀県近江八幡市にあり、そこで暮らしたウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏ともとてもゆかりがあります。1872年創業以来、和菓子を専門としていましたが、ヴォーリズの「これからの時代は洋菓子も」という言葉から現在の「クラブハリエ」が誕生したのです。
「個人的には、父のルーツが滋賀県で、ワイキューブ・ラボという社名も近江商人の“三方よし”から取っているので、『たねや』さんは親近感があって勝手にファンなんです」と杉本さん。
滋賀にゆかりがあり、まちづくりの専門家である杉本さんは、「たねや」のフラッグシップショップ「ラ コリーナ近江八幡」にも注目しています。
「最近業界の中でも、施設の話になると、『ラ コリーナ近江八幡』が話題になることが多いんですよ。ああいう感じにしたいというクライアントさんが多くて」。
和洋菓子のショップのほか、飲食店や農園、本社が集まる「ラ コリーナ近江八幡」は、地域の活性化やイメージアップも担う場所。「お客様からも、あそこはすごくきれいだねと言われることが多いです」と店長の平岩莉沙さん。
大丸心斎橋店には、「たねや」の手づくり最中のふくみ天平と「クラブハリエ」のバームクーヘンを詰め合わせたヴォーリズ建築をモチーフにした限定ボックスがあります。
「ヴォーリズ建築の大丸心斎橋店だからこその限定ボックスです。他の店舗では取り扱わないこの店だけの商品です」と平岩店長。
杉本さんは、ボックスを手に取りじっくり見ながら、「大阪では、建築をテーマにしたまちあるきのイベントがよく開催されているのですが、そういう時のお土産にとてもいい。建築にちなんだお菓子って、あまりないですからね」。
杉本さんの視点で巡る大丸心斎橋店ヴォーリズ建築探訪、最後は意外な場所へ連れて行ってくれました。
「あの壁面のすごく細かいギザギザとしたのがヴォーリズ建築の特徴でもあるんですよね」
そう言って案内してくれたのは、大丸心斎橋店から心斎橋PARCOへの連絡通路横にある本館6階の休憩スペース。大きな窓からは装飾が美しいファサードの壁面を間近に見ることができます。
「この場所に休憩スペースを作ろうとなったのがいいですよね。さっきは読書している女性を2人見かけて。買い物の合間に、そういう違う過ごし方ができるってすごくいいですよね」
大丸心斎橋店本館では、ほとんどのフロアで、心斎橋PARCOとの連絡通路横に休憩スペースを設置しています。
「階によって、空間の雰囲気が変わるのが面白い。旧本館の図面を置いているところもあれば、本館4階ではCDを壁面に飾っていますよね。たとえばあそこでジュークボックスみたいに曲をかけられたら、もっと街角っぽさが出ててきそうですよね」。
居心地がいい休憩場所をつくるのは意外と難しいと言う杉本さんですが、それだけに可能性も秘めているとも。
「まちづくりをしていて、パブリックスペースに休憩場所を上手に作るとすごく人がやってくるんですよ。休むため、滞在するために人が集まる…そういう装置にここはなると思います」。
買い物をするだけの場所から過ごす場所へ。これからの百貨店は、よりいっそう街的役割を果たすようになるのかもしれません。
宮城県仙台に生まれ、神奈川県湘南地方で育つ。大阪大学大学院工学研究科博士前期課程修了。研究者・行政職員・民間コンサルタント・お母さん・NPO活動・町会活動など、街に関わるさまざまな立場を実践し、まちづくりの新しいアプローチにトライし続けている。2011年に株式会社ワイキューブ・ラボを設立し代表取締役就任。一般社団水辺ラボ代表理事。工学博士。一級小型船舶操縦士。国内旅程管理主任者。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/西島渚 取材・文/蔵均 編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVESProfessional's Eyes Vol.36
Professional's Eyes Vol.35