Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪で活躍する、ゆかりのある人をゲストに迎える「PROFESSIONAL‘S EYES」。今回は、明治時代初期に始まった演芸・浪曲で三味線を担当する浪曲曲師、大阪市在住の沢村さくらさんが登場。日本の佳きものを探して、大丸心斎橋店を巡ってもらいました。
「私が使っている三味線の撥(バチ)は水牛の角でできているんです。だから水牛製のアイテムを扱ってらっしゃるお店と聞き、ぜひ訪れたかったんです」。
そう言って沢村さんがまず訪れたのは、水牛角や貝などの天然素材を使い、和装小物やカトラリーなどの商品を一つ一つ手作りするブランド「てふ」。2020年9月にオープンした〈てふ〉大丸心斎橋店は、ブランドのほとんどの商品が揃う唯一の直営店です。
取材にもあでやかな着物の装いで来てくれた沢村さんは、普段から和服を着る機会が多く、バチだけでなく、かんざしや帯留めなども水牛の角のものを使っているそう。
「水牛の角は、先端が詰まっていて、その部分は印鑑などによく使われます」と解説をしてくれながら、店長の中西理奈さんが角の実物を見せてくれました。
「触っていいですか?」と、黒い角に触れた沢村さんは、「思ったより軽いですね。私が持っている水牛製のかんざしは白いのですが…」。
「上から下まで真っ黒のものもあれば、いろんな色が入っているもの、白いものもあります。人間の髪の毛と同じで、白くなっているのは白髪みたいなものですかね」と中西店長。
なるほどと納得する沢村さん。バチだけでなく、三味線の弦を浮かすための駒(コマ)も水牛の角が使われていると説明してくれます。
「節(歌)や啖呵(セリフ)をうなる浪曲師の調子によって、コマの位置を変えて、三味線の音色の高い低いを調整したりもします。そういう意味では、浪曲は結構水牛に支えられてるんですね」と沢村さん。
沢村さんが愛用している持ち手が水牛角のバチ、実は大好きな先輩曲師の形見として譲り受けたそう。長年使ううちにまるで逆剥けのような状態に傷んできているので、何かいい治療法がないか中西店長に質問します。
「熱を加えると変形してしまいます。人の皮膚と同じで、タンパク質が主成分ですので、できるだけ乾燥から守ってもらえるといいかと思います」と中西店長。
「ハンドクリームを塗ったりすればいいですか」と笑う沢村さんに対して、中西店長は、「クリームを付けっぱなしはよくないですが、自分の手に塗った後に水牛角を撫でてあげたり、オリーブオイルを塗って拭き取ってからしばらく置くとか。ちょっと油分を足していただく感じで」。
「いいこと聞きました!」と沢村さんも納得です。
「てふ」の商品で使われている素材は、水牛の角のほか、薄紅貝や白蝶貝などさまざまな貝が使われていますが、どちらもベトナムのものを使っています。現地では貝や水牛の角でカトラリーなどを作り、生活の中で身近に使っているそうです。
「そういえば、ベトナムに新婚旅行に行った友達がいて、トカゲの形をした水牛のかんざしをもらったことがあります」と沢村さん。
水牛角や貝を使ったバリエーション豊かなアイテムを見て回る沢村さん。「やっぱり桜グッズは気になりますね」と、ご自身の名前にちなんだものに目を留めます。中でも特に気に入ったのが黒蝶貝製の桜モチーフの帯留め。
「黒い桜は珍しいし、大人って感じだし。黒っぽい帯にも合いそうなのでいいですね」。
「落ち着いた感じがありますね。貝自体に赤、緑、黄色の3色が入っているので、光の入り方で見え方が違います。真ん中には本物の淡水パールを使用しています」と中西店長。
「光の角度で色が変わるというのがいいですね。鮮やかな玉虫色の着物を持っていて夏によく着るのですが、それにすごく合いそう」と沢村さん。
和の装いをシックに彩るお気に入りを見つけたようです。
続いて沢村さんが訪れたのは、「日本橋木屋」。江戸時代に創業した老舗で、包丁を中心に金物全般、台所用品などを扱うショップ。大丸心斎橋店は西日本唯一の直営店です。意外にも(?)、ここでも浪曲曲師の商売道具が見つかりました。
「三味線弾きなので、三味線ケースの中には必ず爪切りを入れています。爪を整えることはもちろん、糸を切ったりもするんですよ」
商売道具とあって、たくさん並べられた爪切りを熱心に見入る沢村さん。まずは金メッキが施された爪切りに惹かれたようですが、黒いボディに「令和四年 寅」と書かれた爪切りが、やはり年女にとって気になるようで、どちらを買おうか悩みます。
「お店が美しいですね」と感嘆しながら、沢村さんは、スタッフの泉本さんの案内で、バリエーション豊富なアイテムが並ぶ店内を巡ります。
ちろりやすりこぎ、玉子焼き器など、台所道具を順に見ていく沢村さん。アイテムごとに、「こちらのすりこぎは硬い山椒の木でできているので、あまり擦り切れることなくお使いいただけます」。「こちらの玉子焼き器は銅製で熱伝導率がいいので、熱が均一に伝わります」など、泉本さんの端的、的確な商品説明に一つ一つうなずきます。
「うわーこれいい!」
「これはいい! これは欲しいですね」とテンションが上がる沢村さんに、泉本さんは、「持ち手がないので、小スペースでも収納していただけます」と冷静、的確なコメント。
看板商品の包丁の説明を受けた後、沢村さんは、店の隅のほうに置かれている米櫃に注目します。
「桐でできた米櫃になります。こちらは5キロ用で、1.5倍ぐらいの10キロのサイズもございます。桐なので調湿効果があって湿気にくかったりします」と泉本さん。
山形出身の沢村さん、お米はいつも山形から「つや姫」を送ってもらっています。高校生から小学生まで、育ち盛りの3人のお子さんがいる家庭では、お米の消費量もすごいのでは?
「うちは案外みんな少食なので、朝3合炊けば、その日1日いけることも多いです…これいいなあ。泉本さん、この米櫃を炊飯器の横に置いて、蒸気がかかったりするとよくないですか?」
炊飯器の蒸気は上に出るから大丈夫じゃないでしょうかと泉本さん。蒸気がかからない位置に置き、流しの下も湿気がたまりやすいので避けたほうがいいそうです。
「着物は桐のタンスに入れています。実は、三味線のケースも湿気ないように桐なんですよ。」
厨房でも伝統芸能の世界でも、古くから活躍する桐は、ニッポンの誇るべき素材かもしれません。
台所道具の逸品をたくさん見た沢村さんは、食に関わる雑貨やうつわも大好きだと言います。続いては食器をメインに、食品やタオルなど生活用品を数多く揃える「綱具屋」を訪れました。
猫の絵が描かれたお湯飲みや、ガラスのグラスなどを「かわいい」と愛でながら店内を巡る沢村さん。先ほど米櫃をじっくり見たせいでしょうか、店長の田中美玖さんが「こちらは、ごはんを炊く専用鍋、長谷園の『かまどさん』です」との言葉に反応します。
「普通の土鍋より生地が厚いんですね。おいしくごはんが炊けそうですが、うちは毎日弁当を作らないといけないので、タイマーがないとダメかも(笑)」。
うつわや雑貨など、その豊富な品揃えに感心しながら店を回遊する沢村さん。昔集めていたことがあるということで、箸置きのコーナーで足が止まります。
「このハリネズミかわいいですね。何色も揃っていて。箸置きやお皿は、同じシリーズで柄違いとや色違いを買うのが好きなんですよ」。
季節柄、鍋のコーナーも大きく展開しています。3人の子どもがいる沢村家でも鍋料理はよくするそうですが、最近ブームの鍋があるようです。
「妹尾河童さんが紹介して有名になったピェンロー鍋です。干ししいたけの戻し汁に、白菜の芯を細く切ったものを入れトロトロにします。そこに豚バラと鶏肉を入れて、白菜の葉をドサっと。ごま油を足して最後に春雨を入れる。手元にそれぞれ塩を用意して、味付けしながら食べるんです」。
数日中に家でやる予定というピェンロー鍋は、中国からの鍋料理ですが、沢村さんの長男は、ニッポンを代表する鍋料理、カニすきやてっちりが大好きだそう。
「鍋皿もサイズや色がたくさん揃っていますね。家族それぞれに合ったものを買うと楽しいかも」と沢村さん。にぎやかに鍋を囲む沢村家の食卓が想像できます。
食べることと併せてお酒も大好きだという沢村さんは、酒器の充実ぶりにも目を見張ります。
「ビールを飲むのに、『うすはり』も好きなんですけど、高級居酒屋で出てくるイメージで、家だったら割ってしまいそうで緊張してしまう(笑)」。
「『うすはり』は松徳硝子株式会社が出している有名なシリーズなんですが、それよりよりも少し厚い『うすづくり』というシリーズがあり、それも口当たりよくおいしく飲んでもらえますね」と田中店長。
「これ、ペンギンなんだ!」と沢村さんが見つけたのが、白山陶器の徳利。白山陶器は、長崎県波佐見にあり、グッドデザイン賞を受賞したG型しょうゆさしなど、シンプルで美しいデザインで人気のブランドです。
沢村さんが、ペンギンに続いて目をつけたのは富士山。ロックグラスの底に富士山がそびえ立っています。
「ウイスキーなど色がついたお酒を入れていただくと、富士山の形がよく分かります」と田中店長。
そのほか江戸切子のグラスを見て、「日本酒を結構いただくので、こういうグラスで飲むのも気持ちいいでしょうね」と沢村さん。家飲みを楽しくするアイテムがたくさん見つかったようです。
沢村さんが百貨店でよく買うものの一つに線香があります。
「浪曲の世界は、関わる人がそれほど多くないということもあり、わりと家族的なところがあって。誰かのお父様が亡くなったり、8月のお盆にはお供えにとか、結構線香を差し上げる機会が多い。どこにでも売っているものじゃないので、百貨店に行ったときには買って帰ることが多いですね」。
大丸心斎橋店で多くの線香を揃える「法雲堂」を訪れた沢村さん。普段は値段と相談しながら買うことが多いそうですが、例えば贈る人との関係性やシチュエーションなど、どういうふうに線香を選べばいいか知りたいと言います。
「まずはおつきあいの度合いや、ご予算をお聞きします。それからお供えするのは女性か男性かを聞いて、女性だとやさしい香り、男性なら少し濃厚な香りとか、そういった感じでおすすめしています」と店長の山村詩乃さん。
最近の傾向としては、あまり長いものではなく短めのものや、煙が少ない線香がよく出ているそう。沢村さんは、早速さまざまな種類がある店内を巡ります。そして最初に目についたのが、「淡墨の桜」。
「私の名前が“さくら”なので愛着が出ますね。でも、自分の名前が入ったものを贈るのはおこがましいですかね?」
山村店長は、「それは大丈夫。淡墨の桜は人気でよく出ます。そのほか人気があるのが、香りのいい「芝山」です」。
「お線香のパッケージのデザインって、あまりじっくり見ることはないですけど、よく見るとそれぞれ個性があっていいですね」と沢村さん。
豊富に揃った線香を見比べながら、沢村さんは値段の差はどうして出てくるのかという素朴な疑問を店長に問いかけます。
「やっぱり材料が関係してきます。白檀(ビャクダン)のお線香についてはインド産の白檀が入っていると少し高価になったり。インドネシア産だと少し安価になったりしますね」と山村店長。
「1束20万円という線香もありますよ」と驚くべき発言をされたのは、株式会社法雲堂の辻田耕二社長。祖父の代に堀江で創業し、仏壇や仏具を扱う会社を統括する三代目です。
「ええ!20万円!ちょっとすごい!見たい!」と驚く沢村さん、香りを嗅がせてもらうと、「あっ、ちょっと違いますね。どういう香りか言い表すのは難しいですけど、違うのはわかります」。
辻田社長の話によると、コロナ禍の前は外国人観光客などに2日連続で売れたこともあったそうです。
「お線香でよく使われる原料は、伽羅(キャラ)、白檀、沈香(ジンコウ)などです。沈香でもより深い香りの最上品が伽羅です」と山村店長。
線香の香りを嗅ぎながら、「これは、着物を収めるタンスに入れる匂い袋の香りに似ている」という沢村さんに、山村店長は「タンスに入れるのは紙に包んだお線香でいいと思いますよ。匂い袋よりも香りがつくので、いい香りかなと気に入ったものを入れればいいですね」。
山村店長の言葉に、「そうか、お線香でいいんだ!」と膝を打った沢村さん。結婚して初めて相手のご先祖様にお土産として持参する婚礼用線香もあるということも知り、「今日はとても勉強になりました」と店を後にしました。
食べること、飲むことが大好きな沢村さんは、長い東京暮らしの後大阪に来てから、天ぷら店によく足を運ぶようになったそうです。
「天ぷらはやはり専門店で食べるとおいしいと思いますが、東京だとかなり高価で、なかなか気軽には行けなかった。でも大阪では手軽に食べられるお店があって、よく天ぷらを食べるようになりましたね」。
そんな沢村さんが、ニッポン文化巡りの締めとして訪れたのが「京都祇園 天ぷら圓堂」。京都の祇園、建仁寺の南側に本店がある老舗です。昼も夜も同じコースを味わえるのですが、今日は、おまかせ天ぷら13品を堪能できる「百福」(5,060円)をいただきます。
一歩入ると、百貨店の中とは思えないような静かで落ち着いた空間で、まずは先付けの湯葉料理が出てきます。
「今まで湯葉というと、薄くてひらひらしているイメージがありましたが、これは、もうちょっとしっかりしている感じですね」と沢村さん。
「いい音がしてきました」と沢村さんが言うように、天ぷらが揚がるパチパチという音が聞こえてきます。まずは圓堂名物のなんばからいただきます。
なんばとは、トウモロコシの天ぷら。なぜなんばというのか板前の重永将夫さんに聞いてみると、「もともと南蛮由来で、なんばと言われる食材は他にもあるんですけど、大阪・京都では特にご年配の方がそう言うことは多いですね」。
「おいしい! 甘くて。粒もしっかりしていて自然な甘みがおいしいです」。
抹茶塩でなんばをいただく沢村さんは、思わず相好を崩します。早い時間に公演がある場合など、終了後の午後3時や4時から一杯飲みながら食事をすることも多いという沢村さん。「圓堂」は午前11時から午後9時まで通し営業をしていると聞き…。
「昼も夜も同じコースを食べられるんですか? それはいいですね。午後2時や3時ごろから、ゆっくりと天ぷらのコースを堪能できるなんて最高です」と沢村さん。天ぷらなら日本酒をいただくそうです。
「海老おいしい。ぷりぷりでとってもおいしいですね。この尻尾をみてくださいよ。美しいですよ。尻尾も食べます」と舌鼓を打つ沢村さん、京野菜の花菜、しいたけの海老詰め、穴子と順に出てくる天ぷらもおいしそうに頬張ります。
家では、鶏の唐揚げなどフライはよく作るが、天ぷらは食べないそうです。
「天ぷらはしっかり修業された方が作る料理というイメージ。こういうお店で食べる天ぷらは、お蕎麦屋さんなどでいただくのとも少し違う気がします。何が違うんでしょうね?」と重永さんに問いかけます。
「油は大きいと思います。あとは、揚げたてかどうか。天ぷら定食などだと少し時間が経ってもおいしく召し上がれるような揚げ方をしているかと思いますが、うちの天ぷらは時間が経ってしまうと味が落ちるので、揚げ立てを召し上がっていただきます」と重永さん。
おいしい天ぷらをたっぷりいただいた後は、ごはんものです。天丼など4種類の中から、沢村さんは天バラ(プラス550円で注文していただけます)を選びました。卵黄を多めに使った黄味衣で揚げたかき揚げをバラして、塩味のごはんと合える珍しいメニューです。
「いただきます。うん、塩味があっさりしておいしい。衣が卵黄多いめなので、ちょっとやわらかいんですよ。天ぷらはカリッとしている感じですけど、これはやわらかくて揚げてあるのかなと思うくらい。面白いですね。これはおいしいな」と沢村さん。
デザートのグラニテを食べながら「ガラスのうつわも美しいですね」と最後まで満足そうな沢村さん。日本の伝統的な食文化、天ぷらを堪能しました。
浪曲という日本ならではの演芸を生業とし、ふだんから和服に慣れ親しんで、日本を代表する花を名にもつ沢村さくらさん。大丸心斎橋店の個性的な店を巡って、ニッポン文化の魅力を再発見できたようです。
山形県出身。2000年3月に浪曲曲師・沢村豊子に弟子入り。同年11月浅草木馬亭「国友忠の会」で初舞台。東京で活動していたが2005年に大阪へ住まいを移し、以後大阪を中心に活動する。2016年「沢村豊子・さくら曲師の親子会」を大丸心斎橋劇場と浅草木馬亭で行う。2017年「小林正明写真展 日日是浪曲―曲師さくらの世界」が大阪、東京、名古屋のキャノンギャラリーにて開催され、同名の写真集が発売された。2018年からは浪曲三味線ワークショップ」を主宰。2020年「沢村さくらの浪曲三味線教材DVD」を発売。2021年に第18回)上方の舞台裏方大賞受賞。令和二年度「大阪文化祭奨励賞」。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/竹田俊吾 取材・文/蔵均 編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
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