Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪で活躍し、ゆかりのある人にテーマを持って大丸心斎橋店を巡ってもらう「PROFESSIONAL‘S EYES」。今回は、大阪・本町にスタジオを持ち、プロダクトや空間、店舗からグラフィックまで、幅広い分野で世界的に活躍するデザイナー、柳原照弘さんをゲストに迎え、デザインを軸にお話をうかがいました。
大阪に拠点を持つ柳原さんですが、2020年には南フランスのアルルにもスタジオをオープンさせます。
「コロナで海外とのやりとりがオンラインになってしまうという今の状況で、場のデザインをしている身としては、空間の必要性や良さを伝えていくことがすごく大事だなと思ったんですね。それでコロナが収まった時に、きちっと交流できるように、今の時点で接点を持ちたいなと作った空間がアルルのスタジオです」と柳原さん。
元スタッフがフランス人で、アルルの隣町のアヴィニョンに住んでいたこと、「リュマ・アルル」というアートセンターができて、クリエイターが集まってくる新しい動きが出てきたこともあり、アルルにスタジオを構えますが、この街は「アルル国際写真フェスティバル」でも世界的に知られています。
「世界で一番人が集まる写真フェスティバルですね。期間中はいろんな人たちがやってくるので、今年はスタジオで、日本でお世話になっている写真家の展示をしようかと考えています」と柳原さん。
柳原さんが関わるさまざまなクリエイションで、ブランドのイメージビジュアルづくりなど、フォトグラファーや映像アーティストとの仕事も多い柳原さん。
「海外のフォトグラファーだと大体ライカを使っていて、日本の方もライカと他メーカーの両使いが多い。写真家の中でライカは特別なのかなと思います」。
全国に10店舗、関西では3店舗しかないという「Leica(ライカ)」の直営店で、柳原さんはカメラを見て触れて回ります。最初に手に取ったのは、1954年に発売されてから、根強い人気を誇り続けるM型ライカの最新デジタルカメラ、ライカM11です。
ファインダーを覗いた柳原さんは、「すごく見やすいですね」と一言。シャッター音にも興味があるようで、フィルム用カメラと違うのか新潟店長に質問します。
「シャッターの仕組みが違うので、全く同じではありませんが、できるだけ近い音になるように設計されています」と新潟店長。
ライカM11はM型ライカが5年ぶりにモデルチェンジ。2022年1月下旬に発売され、2ヶ月経った今も在庫がないほどの売れ行きとなっています。新潟店長、人気の秘密はどこに?
「使って気持ちのよいカメラを目指しているので、カメラを持った時の感じや、シャッターを押した時のなめらかな操作性、写真の風合い、色の出方や質感など、どれもが独特で、どこのメーカーのカメラにも似ていないライカの世界観があるからでしょうか」と新潟店長。
柳原さんは、「やはりモノとしての所有欲というか、使用満足感が圧倒的にありますね。型で抜いて作る製品は、直線になるとゴツいイメージになりがちですが、ライカだから似合うデザイン」とライカの魅力を分析してくれました。
「モノとして考えたらライカ一択ですよね」と言う柳原さんに、「一番気持ちよく使えるカメラだと思います。気持ちが乗るとよい写真が撮れますね」と新潟店長。
「すごく人気だと聞きましたが…」と柳原さんが次に手に取ったのがライカQ2。フルサイズセンサーと高性能の明るいレンズを搭載したコンパクトデジタルカメラです。
しばらくじっくりと機体を見つめる柳原さん…「あっ、取材のことを忘れちゃいました(笑)。このまま座って商談に入ろうかなって」。
「これは在庫があるんですか? (笑) ちょうど今週から長野で大事な撮影の仕事があるんですよ」
実際にカメラを見て触れるうちに、所有欲がふつふつと湧いてきたようです。
※2024年7月をもって閉店いたしました。
柳原さんが手がけて注目を集めたプロジェクトの一つに「1616/arita japan」があります。これは400年以上の歴史を持つ焼き物の産地・佐賀県の有田で、今の時代に合った解釈をしながら新たな有田焼をプロダクトし世界に向けて発信していったもの。「中川政七商店」も日本各地の産地や作り手にスポットを当てて、多くの逸品をそろえるショップです。
有田焼のプロジェクトに携わった柳原さんですが、「中川政七商店」の定番で人気のうつわ「HASAMI」は、隣町の波佐見で生まれています。
「有田と波佐見はもともと山を挟んで隣で、エリア的には一緒なんです。自治体が長崎県と佐賀県と分かれた時に、有田焼と波佐見焼、それぞれ別になったんですね」と柳原さん。
両産地とも全盛期と比べると産業的に衰退してきた時期があり、窯元や商社がなんとかしなければならないという動きが出てきたといいます。
「有田では商社が入り、作り手の利益が出るような仕組みを考え、街全体が関われる状況を作りました。波佐見では、「中川政七商店」さんが入って、作り手が外に出ていくやり方を支援して窯元にスポットを当てた。「HASAMI」は、作り手が自らブランディングしていけるという成功事例ですね」と柳原さん。
この成功例をきっかけに、いろんな地域で作り手が「中川政七商店」の力も貸りながらブランディングをして、ものづくりを広げていく流れができたという柳原さん。
「いいものを作っているけど、どうすれいいかわからないという作り手が、中川さんと相談しながら売れる仕組みを作り、利益が上がって彼らの暮らしがよくなっていくことはとても大事だなと思います」。
「リニューアルでフロアも広くなったので、今年の新たな試みとして各産地の番茶コーナーを設けました。春の贈り物にもいいかなと思っています」とは店長の大槻紘子さん。
拡張されたフロアでは、番茶のコーナーが大きく展開されていました。実は柳原さん、現在、日本人以外の人に日本茶の魅力を伝える仕事にも携わっていて、奈良のお茶農園にも足を運んでいるそうです。
「奈良に月ヶ瀬健康茶園というところがあって、ここは土作りから始めて無農薬、有機でお茶を育てています。差し木をしないことで太い根っこが生えて、ミネラルや栄養成分を自分の力で得るのですごくおいしい」と柳原さん。
月ヶ瀬健康茶園の番茶を海外の知り合いや友人にもよく贈るそうですが、それは添加物がなく100℃のお湯で淹れてもおいしくいただけるから。ともすれば、淹れるのに温度や手順が繊細になりがちな日本茶。月ヶ瀬健康茶園の番茶は、海外の人でも手間をかけないで本来のおいしさを味わえるとのことです。
「柳原さん、お茶のことにお詳しくてびっくりしました。奈良って結構お茶どころで、おいしいお茶が多いと有名。番茶のコーナーもすべて奈良のお茶を用意して、誰が淹れても誰が飲んでもおいしいというコンセプトで展開しています」と大槻店長。
大槻店長も驚くほどお茶に精通する柳原さん、デザインの仕事をするために、それは必要になってくることなのでしょうか?
「パッケージだけかわいくデザインしても、消費者の方は正直なのでなかなかリピートしてくれない。中身のおいしさや、生産者の人がどうこだわって作っているのかということが大事で、それをパッケージングとリンクさせることを考えてデザインするので、本質を知っておかないと仕事ができないんですよ」。
「中川政七商店」がちゃんと生産者の元を訪れて商品づくりをしている姿に共感するという柳原さん。これからもっと日本各地のものづくりにスポットが当たり、産地が活性化することを願います。
続いて訪れたのは、財布やバッグなどの革製品を販売する「CYPRIS(キプリス)」。大丸心斎橋店は全国で初めての直営店です。そして実は柳原さん、「キプリス」を販売する株式会社モルフォが出す別ライン「TYP/Morpho(タイプ)」のデザインを手がけているのです。
「2009年に、メンズファッション協会が主催するベストドレッサー賞のクリエイター部門、ベストデビュタント賞を受賞した時に、モルフォの社長・小澤さんが授賞式の場にいらっしゃって。それが縁で…」と柳原さん。
モルフォの小澤廣幸社長から「『キプリス』とはまた少し違った角度から革の魅力を伝えるような製品を開発したい」とお声がけいただいたそう。そこから誕生した『タイプ』は、「使い手によって使い方が拡張するような。たとえば財布として使うこともできるけどノートのカバーとして使うこともできたりとか、目的を限定しないシンプルなレザーグッズを作りました」と柳原さん。
「タイプ」を作り上げていくときに、モルフォ社の職人たちと協働した柳原さんですが、その細やかな技術に驚かされたようです。
「牛のなめし革はもともと厚いのですが、それをいかに薄くするかが職人さんの腕。モルフォさんの職人さんは、薄い新聞紙をさらに裂けるぐらいの技があるんですよね」。
「そうですね。0.02ミリの厚さの新聞紙を半分に裂く技術があります」と店長の三井津政徳さん。もちろん、そんな職人の技術は「キプリス」の製品にも生かされています。三井津店長は店内にある財布を見せながら…。
「この角の部分は“菊寄せ”と言って、表の革を裏側にまで返しているのですが、そのままですと分厚くなるので、返すところは薄く漉いてフラットに仕上げています。これは熟練した職人だからできることなんです」
「よく見ると菊の花びらのように。ちょっとずつ寄せていくんですよ。そういう見えない技術が全体的なクオリティを支え、違いを生み出していると思います」と柳原さん。
馬のお尻の部分のレザー・コードバンなど、世界からあらゆるいい素材を集めているのも「キプリス」の特徴です。最近では素材のよさを高めるために、漆を手塗りしたものもあるそうです。
「今まで漆塗りといえば固いものに塗ることが多かったのですが、当店の「漆-URUSHI-」シリーズは。長野県の木曽で『jaCHRO(ジャックロ)Leather』という特別な革に、塗師が一つ一つ手作業で塗っています」と三井津店長。
そのほか、姫路の黒桟革という革に漆を塗ってシボ感を出しているのが「極」シリーズです。
「戦国時代の武将の甲冑にも使われていた日本のこだわりの革です。漆を何度も何度も塗っていくのでちょっと価格は高くなるのですが…」と三井津店長に対して、「皿やうつわと比べたらそれほどでもないですよ」と笑う柳原さんですが、モルフォ社のものづくりの姿勢に感銘を受けたようです。
「コストのことを考えると、海外でつくりがちですが、モルフォさんは日本の職人だからできるものづくりの文化を大切にされてらっしゃいますね」。
続いて訪れたのは、「Jurgen Lehl+Babaghuri(ヨーガンレール+ババグーリ)」。
「『ヨーガンレール』は、ブランドのスタートからずっとコンセプトが一貫されていて、ヨーガン・レールさんが亡くなってからも、今のデザイナーさんが氏の意思をしっかり理解して伝えていて、ブレないのがいいですね」と柳原さん。
「ヨーガンレール」は、ポーランド生まれでドイツ人のヨーガン・レール氏が1971年に来日し、1972年に立ち上げたファッションブランド。氏は沖縄・石垣島にも住居とアトリエを構え、ものづくりをしていましたが、2014年、当地で不慮の事故で亡くなっています。
「時代が変わると、それに合わせた方向転換しがちですけど、それを変えずにずっとあるというのがすごくいい。天然の素材が多いので、店舗の什器も塗装より木の素材や鉄をそのまま使うとか、そういうちょっとしたこだわりがいいですよね」。
洋服作りから始まったブランドですが、そこから手仕事へのリスペクトも込め、雑貨や暮らしのアイテムを扱う「ババグーリ」が2006年に生まれています。ファッションブランドでありながら、衣服だけのラインナップにとどまらないライフスタイルショップの走りと言えるのではないでしょうか。
「パッケージに手書きで商品名を入れるのも、ヨーガンさんが走りじゃないですかね」と柳原さん。
それから、柳原さんが「これすごく人気ですよね。熱伝導率もすごくいい」と注目したのが、銅を鍛金して手作りしたやかんや鍋。人気アイテムで、大丸心斎橋店でも品薄状態です。
「ヨーガン レール」の店内では、洋服はカラーごとにディスプレイされています。着心地のよさと流行に左右されないタイムレスなデザインが多く、長く愛用できるのが魅力です。春の訪れに合わせて、衣類や暮らしのアイテムを整えて、生活の基本を見つめ直してみるのもよさそうです。
柳原さんは香川県の出身で、やはりうどんは大好物。大阪のスタジオがあるビルに入るうどん店の店舗デザインも手がけるなど、うどんには一家言を持つ柳原さんの目には、大阪うどんを代表する名店「道頓堀今井」のうどんはどのように映っているのでしょうか?
「香川から大阪へ来た当初、大阪のうどんなんか食べられるか(笑)という自負みたいなものがありまして。讃岐うどんのようにコシはないし、だしもイリコじゃなくてカツオだし、ちょっとおいしくないんじゃないかという先入観がありました」。
そう語る柳原さんは、実際にある大阪のうどん屋さんに連れて行かれた時も、あまりおいしくないと感じたそう。しかしながら数年後に雑誌で「道頓堀今井」の記事を発見。だしのために北海道の昆布など素材にこだわる当時の社長の話に興味が湧き、道頓堀の本店に食べに行ったそうです。
「きつねうどんをいただいたのですが、讃岐うどんとはまた違うおいしさに初めて出会いましたね。麺のコシやイリコのえぐみみたいなのが香川で日常食べるソウルフードの味なんですけど、今井さんのおうどんってすごく上品で」。
カルチャーショック(?)を受けた柳原さん、今井うどんのおいしさの解析がさらに続きます。
「揚げにおだしがちゃんと吸収されていますよね。もちろん、おだしもすごくおいしいですし、やわらかい麺に合う。讃岐うどんの麺だとコシが強すぎて合わないと思うんですよね。バランスってすごく大事だなと。うどんと揚げ、ネギのシンプルな構成も好感が持てます。香川ではきつねうどんはほとんどないですから」。
だしと麺とお揚げがうまく絡み合っているという柳原さんの分析に、店長の北谷幸輝さんも感心したようにうなずきます。
「そこを感じ取っていただけると、今井としてはうれしい限りです。おだしはエグミが出ないように、かつ、旨みを損なわないように北海道の昆布、鯖節とうるめ節などを煮出しています。弊社の社長がよく言うのは、讃岐うどんはお造りだとすると、大阪うどんは煮物のようなものだと」。
「道頓堀今井」にとって、百貨店の地下でイートインのスペースがある店舗を設けるのは初めての試みだそうです。
だしをすっかり飲み干した柳原さん。
「今井さんでおだしを残すのはもったいないなと思って」。
北谷店長も「うつわが空になっているのを見ると、うれしくなります」と破顔一笑です。
出身地のソウルフードに関しても、探究心や本質をとらえる観察眼、分析力の鋭さはさすがの柳原さん。その目と手と心は、これからも人の暮らしがもっと豊かになるデザインの数々を生み出してくれるに違いありません。
香川県出身。大阪芸術大学 デザイン学科を卒業後、2002年自身のスタジオを設立。デザインする状況をデザインするという考えのもと、国やジャンルの境界を超えたプロジェクトを手がける。クリエイティブディレクターとして家具ブランド「 KARIMOKU NEW STANDARD」、革小物ブランド 「TYP/Morpho」、陶磁器ブランド 「1616/ arita japan」、佐賀県とオランダ共同の有田焼プロジェクト2016/ 等の国際的なブランドの立ち上げやプロジェクトに参加。共著に『リアル・アノニマスデザイン』(学芸出版社)、『ゼロ年代11人のデザイン作法』(六耀社)等。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/西島渚 取材・文/蔵均 編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
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