Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪で活躍する、ゆかりのある方に、テーマを持って大丸心斎橋店を巡ってもらう「PROFESSIONAL‘S EYES」。今回は、大丸心斎橋店グランドオープン3周年を記念して9月23日にトークショー「大丸心斎橋店と建築家・ヴォーリズ」を行う建築史家の倉方俊輔さんに、今も店内に残るヴォーリズ建築の見どころを案内してもらいました。
まず最初に訪れたのは、心斎橋筋側にあるエントランス。大丸心斎橋店のシンボルである孔雀のレリーフがとても印象的です。
「今は御堂筋側にも立派なエントランスがありますが、1922(大正11)年に竣工した時はこちらが正面エントランスだったんですよ」
早速大丸心斎橋店の歴史について語ってくれる倉方さん。開業当初のメイン玄関は2019年に建替えしてからも竣工当時の姿を大きく残す御堂筋側ではなく、心斎橋筋側だったことを説明してくれます。
「このエントランスは、どちらかというと西洋の古典的な建築の定番で、アーチがあってその上に要石であるキーストーン。そこにも装飾が施され、クラシックなデザインでうまくまとめられています。それにしても孔雀の存在感、素材感がすごい」
これだけ孔雀を強調した意匠というのは当時あまりなかったようで、かなり独創的だったのかもしれません。
「建築と物語性のある彫刻を一体化して、一つの世界観をつくりだすのはヴォーリズが得意としたところ。ただこれだけ大きな、しかも細かな彫刻が存在感を出しているのは、ヴォーリズ建築の中でもあまり例がない。やはり百貨店という特別な場所なので、大胆に彫刻を備えるのが施主のためになると考えてこの手法を使ったんでしょうね」と倉方さん。
過去にもよくあるデザインを繰り返すのではなく、依頼した施主の意向や想いをちゃんと汲んで、その期待に応えられるように独自に設計するというのがヴォーリズらしい取り組み方だ、という倉方さん。
「江戸時代から店を構えたこの土地に、呉服店とは全然違う建物を初めてつくるのですから、大丸にとっても大きなチャレンジ。ヴォーリズもそれに応えて信頼を得たことで、もっと大胆な御堂筋側の建築につながったのだと思います」
“大大阪時代”と呼ばれ、大阪が華やかなりし頃に御堂筋が開通、大丸心斎橋店にも新たなヴォーリズ建築が生まれることになります。
1937(昭和12)年に御堂筋が開通し、大阪のメインストリートとして発展をしていきますが、大丸心斎橋店も御堂筋側の建物を増築し続け、1933(昭和8年)に全館が完成します。
「ヴォーリズは、学校や教会、ホテルなどさまざまな分野の建築を手がけていますが、百貨店というのは珍しい。この建築は僥倖というか奇跡というか。心斎橋筋側のエントランスが好評で、その後、何期にもわたって増築されて、最後にできたのがこの御堂筋側です。こちらの建築は本当に自由で、ヴォーリズらしいものになっています」
心斎橋筋側に比べて、より自由に、ヴォーリズらしい建築になったと言う倉方さん。それはどのあたりに表れているのでしょうか?
「まず、この建物は◯◯様式とひとくくりにはしづらく、いろんな要素が盛り込まれています。ピナクルという小尖塔が乗っかっているところは中世の教会のようなゴシック様式でもあり、少しイスラム建築の要素もある。いろんな生き物の彫刻も施され、生命力も醸し出す。そういうデザインですよね」
全体としては、ドリーミングな建築だという倉方さん。大学時代にキリスト教を広めることに目覚め、専門的に建築を学んだことがないヴォーリズは、「いい意味で素人っぽく、自由で、人を喜ばせる建築を生み出している」と。
御堂筋側のエントランスの両脇には、阿吽のように名和晃平氏の作品「鳳/凰(Ho/Oh)」が設置されています。
「この作品もいいですよね。何よりヴォーリズが吹き込んだいろんな生きものの生命力が百貨店を華やかにしているということを再解釈したような。この鳳凰も、近づいて見ると生きものじゃないような気もしてきて、抽象性と具象性が一体になったアートだと実感します」。
ドアを開けて中に入ると、天井に華やかな装飾が施されているエントランスホールが出迎えてくれます。
「ヴォーリズって、アラベスク…幾何学的に組み合わせながら無限につながっていくようなデザインが特徴的。しかもここは立体的になっているので、イスラム教のモスクみたいな趣もありますよね」と倉方さん。
大丸心斎橋店が開業した当時の百貨店のエントランスというと、宮殿みたいな感じで格式を持たせるのが主流だったと言う倉方さん。
「ここは宮殿みたいな、どーんとした建築ではなく、繊細でいて一つ一つのパーツが微妙に違っていたり。どこが中心でどこが軸というのがあまりなくて多様ですよね。それぞれの細部が輝いている」
さらに内部に入って、頭上のステンドグラスをじっと見ながら、倉方さんは百貨店、大丸心斎橋店らしいデザインについても語ってくれました。
「これもイソップ寓話をモチーフにしていると言われていますが、明快に意味があるというよりは、それぞれの人が思い思いにここからストーリーを膨らませるような図案。そういうところが大丸心斎橋店らしいですよね。百貨店ってそれぞれがそれぞれの想いを持って、いろんなものを手に取ったり買ったりするところなので、ある方向に心を全部持っていくような意匠ではなくて、それぞれが自主的に見つけたり解釈する。そういうデザインって百貨店らしいなあと思うんです」
1階の化粧品売場を通り抜けながら、倉方さんは建替えして新しくなったフロアのデザインも、ヴォーリズ建築へのリスペクトがあると言います。そしてエレベーターホールに到着。
「全体が薄い大理石で覆われて、ゴシック教会で使われる尖塔アーチのような、曲線が絡み合う空間になっています。開業当時はまだエレベーターが珍しかったので、百貨店に初めてきた人はまずここに駆けつけた人も多かったはず。憧れの場所だったから、デザインの完成度、密度も高く、館内の一つの顔と言えたんでしょうね」。
そう言いながら、エレベーターホールの空間をうっとりと眺める倉方さん。
「どこか魔法の絨毯に乗るような、不思議の国に行くような(笑)。さきほどヴォーリズはいい意味で素人っぽいと言いましたが、子どもをワクワクさせて、大人も子どもの気分にさせる。そういうところがヴォーリズのデザインにはあります。だから今でも建築の専門家だけでなく、そうでない人々にもファンが多い。ファンタジックなデザインの力。このエレベーターホールはそれが一番発揮されていますね」
続いて訪れたのは大丸心斎橋店本館地下1階にある「たねや」。本店が近江八幡にあり、そこを拠点に暮らしていたヴォーリズともゆかりが深いお菓子の老舗です。
「『たねや』さんは、地元の近江八幡でヴォーリズが手がけた洋館を『日牟禮カフェ』としていて、豊かな空間でお菓子を味わえて、すごくいいですよ。近江八幡は、江戸時代から近江商人の一つの拠点で文化がある土地。だからこそ『たねや』さんなんかも多くの人のペースに流されることなく、自分たちがやりたいことをできている。ヴォーリズもそういう大都会でないところに居を構えて、いい仕事を誠実にやっていたんだろうなと感じます」。
人や情報も多い大都市ではなく、近江八幡を拠点にしたヴォーリズ。日本で最初に暮らした場所を大事にしたから、ヴォーリズは今でも近江八幡の人に愛されていると倉方さんは言います。
「一つのところに根をおろすのは大事なんだと思わされます。ヴォーリズは、北は東北から南は九州まで仕事をしています。小さな都市から全国に仕事を広げていく…それは『たねや』さんにも共通しているんじゃないかな」。
「たねや」がある地下1階から地下2階にかけてのアプローチでは、かつての大丸心斎橋店で使われていたものを再現した階段があります。
「この親柱は、基本的にはゴシック様式のデザインで、アール・デコの風味を加えています。アール・デコは1930年代を中心に全世界で流行したデザインです。アメリカのクライスラービルとかエンパイアステートビルとか、ちょっと上昇感を強調する建物が多い。最先端の世界的流行なども取り入れていますね」
親柱は、小さいけれどイスラムのようでもありゴシックのようでもありアール・デコのようでもあり、建物全体のスタイルがぎゅっと凝縮されている感じがすると言う倉方さん。
「ある意味これ自体が一つの建築みたいで、これだけ見ても見応えがある。下から見上げることもできるし360度見ることもできるし。思う存分見尽くせます(笑)」
たくさんのヴォーリズ建築を見ながら館内を歩き回ったので、ここでしばし小休憩。お茶を楽しむのは、もちろん「サロン・ド・テ・ヴォーリズ」。ヴォーリズ建築をイメージした内装の喫茶室です。大阪らしいドリンク、ミックスジュースを味わう倉方さんに、大阪の建築の特徴について聞きました。
「やっぱり民の建築というか、東京に比べて大阪は、江戸時代から民間が支えています。たとえば中之島の大阪市中央公会堂は実業家の岩本栄之助、大阪府立中之島図書館は住友家15代当主の住友吉左衞門友純が寄付していますし、こういう民間の建物は愛着や物語性が湧きやすい」。
大丸心斎橋店が江戸時代から続く大事な土地で、今も残っているのも民間だからかもしれないと倉方さん。
「民の建築だからヴォーリズがルールにとらわれず自由に設計しやすかった。民間の施主が自由につくり、これだけレベルの高い建築物が受け継がれているのは大阪らしい。大丸心斎橋店はその象徴的な存在といえます」。
「サロン・ド・テ・ヴォーリズ」の壁面には、ヴォーリズが残したさまざまな建築物の写真が飾られています。大丸心斎橋店の他に、ヴォーリズを代表する作品ってありますか?
「それぞれにいいですよね。東京だと例えば、山の上ホテルの存在感は格別です。神戸女学院はキャンパス計画もヴォーリズが手がけて、キャンパス全体が重要文化財。大学で一部が重要文化材になっているのはいくつかありますが、一棟ではなくてキャンパス全体が重要文化財になっているのは神戸女学院だけなんです」
そのほか、京都の四条河原町の繁華街にある中華料理「東華菜館」もヴォーリズらしいと言う倉方さん。
「山の上ホテルもそうですけど、ヴォーリズ建築ってヴォーリズだから有名というより、存在としてみんな知っているというのはありますよね。『東華菜館』もそう。ヴォーリズが手がけたと知らなくても、われわれの目に触れている。それもヴォーリズの魅力です」
休憩を終えた後は、さらなるヴォーリズ散策に。エスカレーターで上下するときに目に触れるのが、「D-WALL」です。ヴォーリズ建築とデジタル技術の融合によって生まれる新たな環境を演出しています。
「これも見事ですよね。エスカレーターの下から上までずっとつながるアートを、デジタルアートで、アラベスクと光という、この建物の魅力をデジタルで再解釈しているわけです。ヴォーリズらしい中東風のアラベスクが、デジタルな法則性の魅力の原点だというのを感じさせて、とても華やか。視覚的にも理屈抜きに魅力的ですけど、知的でもあって、見事ですよね。ヴォーリズが残した種子を、アーティストが現代のテクノロジーで芽吹かせています。具体的な過去に目を向けながら、現在のものと結びつける。これは最大の褒め方、敬意じゃないかと思います」。
「D-WALL」のデジタルアートを楽しみながら、エスカレーターで6階へ。ここには、1922年に建てられた大丸心斎橋店の設計図が展示されているコーナーがあります。
「昔は手書きで設計図を描いていて、できた建築の雰囲気とかも含めて、当時の空気が伝わってきますね。詳細図から全体図まで、いろんな種類があって面白いですね。くつろぎがてらにとてもいいコーナーです」
このコーナーの窓からは、建物の上部の建築のディテールが間近に見ることができます。外壁のタイルは、建替え前のものを1枚1枚保存し安全性を検査して大丈夫なものだけを一つ一つピンで止めているそう。気が遠くなりそうな作業の上で、今に蘇っています。
「ここからタイルを見るとスクラッチタイルを使用しているのがよくわかりますね。スクラッチって引っ掻くという意味ですが、大正終わりから昭和の初めにかけて流行ったタイルで、引っかき傷をつけたような感じで、その後に焼く。だから味が出る。旧本館と新しくなった部分の切り替わりのところもここから見るとよくわかりますね。色やデザインは現代的にしつつ合わせていて。あそこに水晶塔が見えますが、さらによく眺められる場所があるので、最後に向かいましょう」
倉方さんの言葉に誘導されて、7階にある「心斎橋ひとときテラス」に向かいました。
「心斎橋ひとときテラス」は、バーベキューもできる「トゥッフェ テラス イート」や、タルト専門店「デリス タルト&カフェ」があるテラス。百貨店にこんな場所があるのかとびっくりする気持ちのいいテラスです。
「水晶塔の語感が、アール・デコらしい華やさと硬質感をまとった塔の姿に似合っていますよね。御堂筋が拡張された時に、遠くからでも目立つように、意図的にデザインされたのでしょう。街の中での存在感を考えて、都市景観の中で一つのポイントになっています」と倉方さん。
そして、倉方さんが注目するのが、2019年の建替え時に旧本館の上に新しくつくられた建築です。
「地上からはわかりづらい上層の部分の凹凸が、ここからよく見えます。あるところに立つと、斜めの線がすごく強調されたり。ヴォーリズが意識したアラベスクは、視点によって多様な変化があらわれます。これも長大な壁面でありながら、ディテールが効いているから、見え方は一つではない。ヴォーリズ建築の真髄を捉え、再編成して、巨大な抽象美術のような美しさがあります」と倉方さん。
ちょうど100年前に建てられて、建替えをしてもその姿をそのまま残すヴォーリズ建築。新しく加えられた建築物にもヴォーリズの想いは受け継がれ、青空に伸びていく斜めのラインは、それが未来へと続いていくようにも見えました。
1971年東京都生まれ。2011年から大阪市立大学准教授、2022年より大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行っている。『京都 近現代建築ものがたり』、『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』ほか著書多数。日本最大の建築公開イベント「イケフェス大阪」、「京都モダン建築祭」といった建築公開イベント、Ginza Sony Park Projectなどに立ち上げから関わる。受賞に日本建築学会賞、日本建築学会教育賞、グッドデザイン・ベスト100など。
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/岡本佳樹 取材・文/蔵均 編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
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