Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大丸心斎橋店から徒歩圏内のご近所にあり、2019年秋にリニューアルオープンした「ホテルモーニングボックス大阪心斎橋」。業界の先例に捉われず、「私たちならどうするか?」を常に模索しながらアフターコロナの大阪ミナミで奮闘する、そのホテルの副支配人であり、アートディレクターも務める井ノ上智里さん。心斎橋に愛着を持つ井ノ上さんが、今回は大丸心斎橋店本館の気になる店々を巡ります。
学生の頃から大阪で過ごし、デザイナーとして約8年間勤めた職場も大阪ミナミ。現在は「ホテルモーニングボックス大阪心斎橋」の副支配人兼アートディレクターを務める井ノ上智里さんにとって、心斎橋は不思議な縁で身を置き続ける親しみ深い街だそうです。
2019年のリニューアルから携わるホテルのコンセプトは、大阪のセカンドホーム。自宅でくつろぐような感覚で素敵な朝を迎えてもらいたいと、井ノ上さんが日々思案するのは館内の設備から宿泊プラン、カフェメニューまで。なかでも決めかねているものの一つが、“香り”だといいます。
「香りは思い出になる。香りから情景や感情を思い起こすことってありますよね。だから私たちのホテルも香りの記憶を添えられる場所でありたい。特に第一印象を与えるエントランスに香りがあると良いのですが、実は同じフロアにカフェがあるんです。食の空間では香りを放ちにくい。お客様によってお好みも違う。ディフューザーを置くなら空気循環との兼ね合いも考えないといけないし、難しいなぁ…と(笑)」
約70種類ものオリジナルブレンドのエッセンシャルオイルや、シンプルかつモダンなディフューザーがそろう「@aroma(アットアロマ)」は、香りを探し求める井ノ上さんにぴったりな一軒。
「日本の素材を使われているのが、すごくいいなと思って」と、まず立ち寄ったのはジャパニーズエアーシリーズがそろう一角。
「こちらはブレンドではなく、高野槙単体の香りなんです」と、店長の平井実結さんが案内してくれたのは10月31日までの期間限定のシングルオイル。グラスボウルを手に取り、香りを試した井ノ上さんは「フレッシュですね!」と爽やかな表情に。こちらの香りがブレンドされているオイルも定番で販売しています。
「当社のオイルは基本的にお肌に付けるものではなく、ストーンやディフューザーで空間に広げて使うものになります」と平井さん。家庭用からプロフェッショナルタイプまでそろうディフューザーコーナーに立った井ノ上さんは、各製品の特徴や用法に熱心に耳を傾けます。
「廊下に小さめのものを置くといいかな?」と想像を膨らませますが、目下最大の課題は“ホテルの記憶”となる香りを探すこと。
「一番のおすすめは何ですか?」と訊ねる井ノ上さんに、平井さんが差し出したのはシティーシリーズのOSAKA。大阪の直営ストアでのみ販売しているもので、親しみやすい柑橘をベースに、アクセントとしてブラックペッパーを効かせた個性的な逸品です。
「OSAKAは柑橘ベースなので、食の空間にもふさわしい香りの一つです」。平井さんはそう提案しながら、井ノ上さんをアロマシャワーテスターへ案内します。頭上から放たれるOSAKAの香りを試嗅した井ノ上さんは、「暖かい印象を受けるのもおもしろいですね」と心を弾ませます。
「その土地のものに出会うとワクワクするし、欲しくなる。私たちも日本らしいもの、大阪らしいものを提供したいという気持ちが常にあって」と、ホテルづくりを楽しむ様子が伝わります。
「2016年のキョウトグラフィー(KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭)でヨーガン・レールさんの作品を拝見して。砂浜で拾い集めた漂流物で制作したランプだったのですが、あまりにきれいで。エコやサステナブルへの意識が今ほど高まっていないなかで地球環境に目を向けた作品に触れ、共感の気持ちが生まれました」
ポーランド生まれのドイツ人デザイナーであるヨーガン・レールが、1972年に日本で立ち上げたブランド「JURGEN LEHL(ヨーガンレール)」。さらに2006年に設立した、職人の手仕事で生み出される服や暮らしの道具を伝え届ける「BABAGHURI(ババグーリ)」。両ブランドの複合店としては関西唯一の「JURGEN LEHL + BABAGHURI(ヨーガンレール+ババグーリ)」を訪れた井ノ上さんは、名デザイナーの作品に対面した記憶を蘇らせます。
「日本伝統のもの、手仕事で作られたものをできるだけ大事にしたいと思っていて、ものを選ぶときもおのずと意識する。クラフトマンシップを秘めたものは簡単に買えなかったり、お手入れが大変だったり。でも受け入れるその小さな覚悟みたいなものが、生活を丁寧にしてくれるんじゃないかと思うんです」
井ノ上さんはそう話しながら、ぽってりとした造形が愛らしい銅鍋に憧れの眼差しを送り、手仕事らしい温もりを感じる鍋敷きを手に取り、感触を確かめます。
「ヨーガンレール」と「ババグーリ」に共通する信念は、天然素材を用いたものづくり。共に展開する服は性別を問わず着用できるものが数多くそろいます。
「冬物はありますか?」と訊く井ノ上さんに、「こちらは薄手ながら冬物なんです」と店長の久保真奈美さんがラックから取り出したのは、大地を連想するような色彩が美しい羽織り。生地はスカーフさながら薄く繊細なコットンシルクで、ふくれ織りと呼ばれるヨーガンレール独特の仕上げが施されています。
手にした井ノ上さんは、「軽い! ハンガーの重さだけという感じ」と目をまん丸に。ひらりと羽織れば、先ほどのクールでフォーマルな雰囲気から一変。柔らかな印象と共に華やかな上品さも感じられて、とてもお似合いです。
「すごく可愛い。本当に軽くて、着ていないみたい。だけど暖かいのが不思議ですね。このまま着て帰りたいくらい欲しくなりました(笑)」と、お気に入りの一着を見つけられたようです。
続いて訪れたのは、ラグジュアリーフロアに溶け合うカフェ「MARIEBELLE THE LOUNGE(マリベル・ザ・ラウンジ)」。ニューヨークのチョコレートブランド「マリベル」初のエクスクルーシブストアとして2019年9月に開店し、以来こちらをお目当てに訪れる方も多い人気のカフェラウンジです。
「マリベル」の日本第一号である京都店は何度か訪れたことがあるという井ノ上さん。町家を改装したジャパニーズモダンな京都店に対して、こちらはバカラのシャンデリアやマリベルブルーのポーターズチェアが織りなすゴージャスなラウンジ。
「洋を全面に出されているこちらも素敵」と、店内をゆったりと眺めます。
「ホテルを作るにあたり、ニューヨークのローカルホテルを参考にしたこともあって『マリベル』には親近感があるんです」。かつて大阪の老舗菓子店でパッケージやディスプレイ全般を担うデザイナーとして活躍した井ノ上さんは、やがて姉妹でホテルづくりに参画することになります。
「姉は前職が出張の多い仕事で。ビジネスホテルの小さな部屋にいることが息苦しかったのだと。誰かがいる共用部分があるだけでも、ホテルで過ごす時間はきっと楽しくなる。そんな想いから、ホテル館内にラウンジやキッチンなど共用スペースをたくさん設けることになりました。私たち姉妹にとって宿泊業は初めての業界。だからこそ自分達自身がやりたいことや利用者の目線を大切に、ホテルづくりをしていこうと」
「新しいホテルを始めるためにはロゴやパンフレットが必須。そこで一緒にやらないか?と声が掛かって」。お姉様と共に運営を担うことになったそうです。
「マリベル」の代名詞であるホットチョコレートを味わいながら、話題はやがて大阪という街に至ります。
「ニューヨークはさまざまな人種や文化が混じり合うサラダボウル。そのあり方はどこか大阪に似ている気がするんです。都会なんだけど、どこへ行っても下町感があるというか。それが大阪の魅力、ユニークで面白いところだと思っています」。
愛着のある大阪らしさを少しでも伝え、感じてもらえたらと、「ホテルモーニングボックス大阪心斎橋」では地元の焙煎所から届く豆を使ったコーヒーを提供したり、大阪で活動するアーティストの作品を展示したり。シティホテルというより気兼ねのないセカンドホームになるよう、試行錯誤を続けているそうです。
「宿泊するだけでなく、そこから何かを得て、始められる場所であれたら。今後は様々なことを体験できるホテルにしたいと思っています」。「マリベル・ザ・ラウンジ」の煌びやかなしつらえの中で、井ノ上さんの表情が輝きます。
手仕事やクラフトマンシップへの敬意から、井ノ上さんが訪ねてみたいと思っていたもう一つのお店が「能作(ノウサク)」。1916年に富山県高岡市で創業した鋳物メーカーで、錫(すず)や真鍮を素材に長年培ってきた製造技術を活かし、伝統工芸の枠にとどまらないプロダクトを続々と生み出しています。
とりわけファンが多いのは錫100%の酒器。「錫の器に注いだお酒は味がまろやかになると聞いて」と、大のお酒好きである井ノ上さんの胸が高鳴ります。スタッフの竹内邦子さんがまず案内してくれたのは、ぐい呑、そして片口。手のひらで優しく包むように持つ井ノ上さんに、「錫製品は使い込むほどにいぶし銀に育ってくれます」と竹内さん。
錫100%の純度ゆえ、金属にして“曲がる”というのも「能作」の錫製品ならでは。特に編み目状の錫を立体的に形づくることでバスケットになるKAGOシリーズは、ブランドを代表する名作の一つです。
「KAGOは仙台出身のデザイナーさんが故郷の七夕飾りをモチーフに造形されたものなんです。しかもその飾りのルーツは漁業で使われる網。仙台の漁師さん達が大漁を祈願して七夕飾りにされたそうです。翻って私達のこの製品も、たくさんの幸せを呼び込めますように、という願いを込めたデザインなんです」と竹内さん。
名作の誕生秘話に耳を傾けていた井ノ上さんが、「実は…」と告白。
「能作さんのベルもめっちゃ好きなんです」。聞けば、ホテル館内でスタッフが常駐できないカフェのカウンター部分に能作のベルを置き、日々愛用しているといいます。
うれしい声に反応するように、竹内さんはベルの製作秘話も教えてくれました。
「約20年前、それまで下請けで製造を続けていた能作が、初めてオリジナルブランドとして作ったのがこのベル。社長自らデザインした、実は最も思い入れのあるプロダクトなんです。社長はデザイナーではなく、長年金属に向き合い続けてきた職人。真鍮という素材は音が美しいことを身をもって知っていたことで、この製品が生まれました。いわば職人だからこそ進めた、新しいステップだったかもしれません」
「ずっと同じことを続ける大事さもある。けれど既存のものを応用して、新たな要素を加えないと使い手が楽しめないこともある。ベルやKAGOは伝統工芸を新しく楽しいものにした最たる形で、試行錯誤されて生まれたものなんだと感じました」と井ノ上さん。
※2024年6月をもって閉店いたしました。
「香りの良いお茶やコーヒーを飲むと、リラックスやシーンの切り替えができるところが好きで。仕事中はコーヒーを飲むことが多いのですが、余裕がある休日の朝は抹茶を点てて。ホテルでもできるだけ日本のものを出したい気持ちがあるので、抹茶は欠かせない存在になっています」
お茶好きの井ノ上さんが最後に訪れたのは、“お茶の伊藤園”による全国唯一のコンセプトショップ「Four Green Leaves ITO EN(フォーグリーンリーブスイトウエン)」。伊藤園ブランドでも特に人気の高い炭焼きほうじ茶から緑茶、中国茶やノンカフェインのルイボスティーまで多彩な茶葉をそろえています。
なかでも井ノ上さんが心惹かれたのは国産の紅茶。「鹿児島の屋久島、京都の和束、静岡の両河内、3つの産地で日本茶の良いところを生かして作られた紅茶になります」と、案内してくれたのはスタッフの長由季さん。コクのある屋久島はミルクティーに、香りの良い両河内はストレート向きなど、丁寧な提案に井ノ上さんの関心が深まります。
茶葉の販売だけでなく、併設のイートインスペースではお茶やスイーツを味わうこともできます。看板メニューはジェラート。抹茶やほうじ茶、麦茶、ピスタチオなど常時10種以上がそろう多彩さもさることながら、ユニークなのは抹茶だけでも濃度が異なる5種があること。平日なら食べ比べができるメニューもあります。
今後、ホテルに来訪される海外のお客様にも推薦すべく(!?)、井ノ上さんは食べ比べに挑戦。
「ミルクのジェラートをベースに、白緑は抹茶の割合が5%、萌木は20%、緑は50%、常盤は80%、そして千歳が100%。白緑から召し上がっていただく方が苦味や濃度の違いを楽しんでいただけると思います」という長さんのおすすめ通り、井ノ上さんはスプーンを運びます。
「うん、ミルク感たっぷりでおいしい」と食べ始めた白緑から、最濃の千歳に至れば「チョコレートみたいな濃厚さ!」と新鮮な驚きを得た表情に。
「ホテルは一瞬ではなく、長い時間を過ごす場所だから」と、滞在中に少しでもいろいろな体験をしてもらいたいと考えている井ノ上さん。
「私自身も大阪に暮らし、自分が楽しむために街へ出たり、気になるお店を訪れながら、様々なものを吸収してホテルに還元したい」。
その心意気は、各店で垣間見た井ノ上さんの好奇心そのもののよう。彼女が迎えてくれる“セカンドホーム”に滞在する人々は、もれなく大阪や日本そのものを好きになって、素敵な旅の思い出を焼き付けられそうです。
1985年、奈良生まれ。大学卒業後、デザイン専門学校を経て、菓子メーカーのデザイン課に8年勤務。退社後、東心斎橋の「HOTEL MORNING BOX(ホテルモーニングボックス)」のリニューアルに携わり、現在は副支配人とアートディレクターを兼務。主にホテル内全般のデザインや企画を手掛けながら、フリーでロゴやパッケージデザインの仕事もおこなっている。https://hotelmorningbox.com/
※ソーシャルディスタンスに配慮しながら、写真撮影時のみ、マスクをはずして取材を行いました。
写真/岡本佳樹 取材・文/村田恵里佳 編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 制作・編集/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVESProfessional's Eyes Vol.47
Professional's Eyes Vol.46