Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪にゆかりのあるゲストを迎え、その人の視点やライフスタイルを紹介する「PROFESSIONAL‘S EYES」。今回は、6月13日(水)→18日(火)に、大丸心斎橋店と心斎橋PARCOで開催される「ART SHINSAIBASHI」に出展する画家・オーガ ベンさんが登場。今年2月に詩画集『こころの宇宙(そら)』を出版し、不思議な宇宙観を生み出すアーティストのクリエイティブの原点は? 神戸のアトリエを訪れ、話をうかがいました。
オーガさんのアトリエがあるのは神戸市の丸山町。周囲は山に囲まれて、緑の多い環境です。
「大正や昭和初期の頃は神戸の奥座敷と呼ばれ、別荘地として人でにぎわったようです。戦後はいろんな人が集まってバラック小屋が立ち並んでたみたいで、今は往時の名残はほとんどないですね」
そんな自然に恵まれた丸山町に建つオーガさんの住居兼アトリエは、築80年という立派な日本家屋です。
「ここを建てた人はお医者さんだったらしく、その当時界隈に住んでいた人の診療所にしてたんだと思います」とオーガさん。
少し急な階段を上って、趣ある建物の中へお邪魔しました。
今年の2月、ここ神戸のアトリエで描いた作品に自ら詩を綴った詩画集『こころの宇宙(そら)』を出版したオーガさん。「ART SHINSAIBASHI」でも、この詩画集をベースにした展示が展開される予定です。
「原画だけでも17、18点はあります。それにプラスして、詩画集から派生した新作を描いたので、27、28点の作品を出展できると思います」
この『こころの宇宙』、タイトルが表すとおり、宇宙をイメージさせる作品が23点掲載されています。
「とある惑星から見た空とか、地球でもいいんですけど、宇宙の風景がベースにありますね。宇宙もまたひとつではなくていくつもあって、それぞれのどこかの星の風景とか、自分の中でそういう広がりが出てきたように感じます」
このような宇宙をベースとした作風が生まれたのは、ここ数ヶ月のことだそうです。
「これまで、自分の中で、一貫性というかテーマというのは特になくて、降りてきたものを描くという感じだったんですよ。あえて決めなかった面もあるんですが、今はマルチバース&その星々の風景というふうに、描きたいものが絞られてきた。今は、誰にも描けない宇宙(そら)を描きたいという気持ちが強いです」
『こころの宇宙』に描かれているすべての絵で、とても印象的なのが夜空に輝く無数の星。とても繊細でリアルで、他の作家の作品ではあまり見かけない表現のような気がします。一体これはどういう手法で描いているのでしょう?
「ちょっと毛先が開いた筆に、水で溶いたパール系の絵具をつけて飛ばして描いています。昔は筆で星を描いていたのですが、それだとどうしても堅い印象になりがちで。飛ばす手法だと偶然性がいい按配になったり、より星が瞬いているように見える。最初の頃は水を溶く量や飛ばし方がうまくいかず、何枚も絵をダメにしましたけど、だんだん慣れてきましたね」
パール系の中でも、オーガさんが好んで使っている画材が「アキーラ」という水性アルキド樹脂の絵具です
「『アキーラ』はアクリル樹脂と油の特性を兼ね備えた水性アルキド樹脂を世界で初めて使用した絵具で、とても堅牢ですし、非常に発色がいいんです。アクリル絵具などでもパール系の色はあるんですけど、なかなか自分が思うような光沢は出ない。そういう意味では『アキーラ』あっての僕の宇宙(そら)というのはありますね。」
「アキーラ」をメインに、色は何層にも塗り重ねていくのがオーガ流。使う色は多くても16色とそれほど多くありません。
「最低でも20〜30層は色を重ねていて、途中で削ったり洗い流したりすることもあります。その残った痕跡を利用する場合もありますし。絵の構図自体がすごくシンプルだからこそ、その重なった色が生きるというか。織物といっしょで、重ねていくことで気持ちが織り込まれている。僕にとって、必要な工程だと思っています」
『こころの宇宙』はオーガさんにとって2冊目の詩画集です。2016年には『夜烏の手帳』という初めての詩画集を出版。しかし詩の内容はまったく違ったようです。
「1冊目は、夜中の2時、3時まで酒をかっくらって、そのときひたすら出てくるものをひらがなだけでメモをして、たまったものをシラフのときにつなげてひとつの詩にしていました。でも、もうこれは身がもたへんなと(笑)。『こころの宇宙』では、縁側に座ってぼんやりした気持ちの中で、すらすらすらと出てきたものを仕上げたという感じです」
オーガさんが詩を書くようになったのは、東京時代にお世話になった画家・ミズテツオさんの影響があったようです。
「ミズさんは、東京で僕に“画家とはこうあるべきだ”ということを最初に教えてくれた作家さんです。よく詩の朗読をしてらっしゃったので。その影響もありましたし、松山生まれということで俳句にふれる機会が多く、俳句をずーっと詠んでたんですね。そこらへんも関係してるかな」
日本を代表する俳人・正岡子規を生んだ愛媛の松山で過ごしたことが、言葉への感覚を豊かにする下地なったのでしょうか。ここで、松山から始まるオーガさんのこれまでの人生を少し振り返ってみます。愛媛県立松山南高校デザイン科を卒業したあとは大阪総合デザイン専門学校に入学します。
「初めて大阪に来たときに、すごく気持ちが開いた気がして。松山は観光地としてもすごく有名で風光明媚ないいところですが、住んでいると少し窮屈に感じるところもあったし、だれも知らない街で新たな挑戦をしたい気持ちも強くて。大阪で初めて親友と呼べる人にも出会えたし、すごくいい印象を持ったまま関西を離れました」
23歳のときに松山に戻り、初個展を成功させるなど画家としてスタートしたオーガさん。40歳を前にして関東に移り、2年前に神戸へ。大阪時代のいいイメージが、関西に移るきっかけになったとも言います。
「関東に14年ぐらいいましたけど、いろいろな出来事があって描く環境に変化を望んでいたのと、画家で食うという第一目標はクリアできてきていたので、あとはもうちょっと心が豊かになれる場所で描きたいという想いがありました。ここは、庭もあって目の前には山もあって、野生のフクロウとかが鳴いてるんですよね。広い夜空に星がいっぱい瞬いてて、普通に月の満ち欠けも綺麗に見れますし。ただそれだけで心が広やかになる」
神戸に来てからは、量子力学に興味を持つようになったそうです。
「量子力学を学んでいくと、無から有…よく仏教で言われる色即是空の世界にもつながって。絵自体も木枠とキャンバスと絵具でできた物質ですけど、それがなぜ人の心を打つのか。人も絵も宇宙も全部つながっているとすれば、みんないっしょの世界におる、それをなんとかわかりやすく絵の世界で具現化できへんかなと。今は単純明快に宇宙っぽいものを描いているような感覚でしか捉えられないかもしれませんけど、今説明を尽くせてないことが、もっと血と肉となれば、また違う絵に変化していくんじゃないかと思っています」
芸術家は、見えない世界や感覚というものを、知ったり感じたり汲み取ったりしながら形にするものだと言うオーガさん。
「僕にとって、誰も知らへん世界というのを見つけて、さらにオリジナリティのある作品を描いていければと思うんですけど。そういう意味では、今のとっかかりがスタートラインのような気がしますけどね。宇宙という世界観に魅かれて絵を描いているというのは第一段階かなという気持ちはあります」
暮らす場所も私生活もさまざまな変化があったオーガさんですが、高校生の頃から始めた絵は、休むことなく描き続けているのでしょうか。
「初個展が25歳のときだったんですけど、どこにいても必ずスケッチブックは持って、何かしらは描いているというのはあります。息をするように描いていると言ったら、ちょっとかっこよすぎですけど(笑)」
絵を描くことが日常になっているオーガさんですが、絵を描く時以外は絵のことを全然考えないそうです。
「それだけにアトリエに入る瞬間というのは、ちょっとした覚悟というと大げさですけど、別世界に入るような気持ちに切り替えないと描けなくて。何かしら降りてきたものを素直に受け止める心の状態が必要ですから」
若い頃からお酒が好きで、「酒のおかげでいろんな出来事や出会いがありましたね」と笑うオーガさん。お酒のアテもご自身でつくられるそうです。
「料理はすごく好きなんです。23歳で松山に帰ったときに、とある彫刻家さんから『オーガくん、絵が上手になりたかったら料理を勉強しなさい。五感が養われるからね』と言われたんですよ。確かに、盛り付けの見た目の視覚から、嗅覚や聴覚など五感をフルに使いますね。自慢じゃないけど、結構おいしいですよ(笑)。」
高校時代から40年近く描き続けてきたオーガさん。昨年は、年間14回もの個展を開催しました。それだけ作品の数も多いはずですが…。
「描きましたね。ドローイングを1,000点描く展示もやりましたし。そのほかキャンバス作品だけでも200点くらいは描いたんじゃないかな」
それだけの展覧会をこなすとなると、アトリエでキャンバスに向かうだけでなく、会場に在廊する日に加え梱包、郵送作業に費やす時間も多いそう。個展会場では、作品を観る人とのコミュニケーションを取ることも多いのでしょうか?
「今度の『ART SHINSAIBASHI』の期間中はずっと在廊しようと思います。必要とあれば、もちろん作品の説明もします。ただ観る手の人が自分なりの物語を紡いでくれている最中に作家の意見を言うと縛りができてしまうので、なるべくその人なりの感性を持って観ていただきたい」
オーガさんは、作品を描きあげるときに、100%ではなくて7、8割で止めている感覚があると言います。
「残りの2割から3割の隙間に、観る手の方々の物語が入って。できることならその作品を買って飾っていただき、どんどん絵が育って完成に近づいていくというのを僕は目指してます」
少し余地を残す作品の仕上げというのは、なかなか難しそうでもあります。
「100%というのは、しっかり隅々まで描きこむということなのかもしれませんが、抜きどころのない描き方をしてしまうと、もう画面が呼吸をしてないというか。うまく説明できませんけど、感覚として、描いてる最中に飽きがくるんですよね。それが僕にとって頃合いで。頭で考えてこの色が必要やと塗り重ねてしまうと、時間が経って見たらガチガチやなって感じになってしまう。」
絵を気に入って買った人が、飾っているうちにいろんなストーリーが生まれてくることもあるのかもしれません。
「具体的に見た風景じゃなくても、どこか懐かしさがあったり既視感を覚えたり。そういう絵であれば嬉しいと思います。他の作家さんと違って、一歩踏み込まへんとわかりにくい絵ではあるので、その一歩をどう入ってもらうかというのが僕にとっての課題。でも時代も変わってきて、今は物質世界から精神世界に移行している途中だと思うんで、だんだんとその一歩を踏み込む人が増えていくと信じたいですね。」
今まで見たことがない、想像力をかきたててくれる風景に出会えるオーガ ベンの世界。「ART SHINSAIBASHI」で、そこへ一歩踏み出してみてはいかが?
1971年、愛媛県松山市生まれ。愛媛県立松山南高等学校デザイン科卒業後、大阪総合デザイン専門学校絵本科修了。1995年に松山市にて初個展を開催。2008年にはアトリエを松山から関東へ移す。2011年には台湾にて個展を開催し、2016年に初の詩画集『夜烏の手帳』を刊行。2022年にはアトリエを関東から神戸へ移し、2024年2月に詩画集『こころの宇宙(そら)』を出版。1995年の初個展以来、全国各地の展覧会やアートフェアで数多くの作品を発表し続けている。
写真/竹田俊吾 取材・文・編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 編集・プロデュース/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
※別ウィンドウで開きます
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVESProfessional's Eyes Vol.65
Professional's Eyes Vol.64