Professional's Eyes
スタイルのある暮らし
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
ARCHIVES大阪にゆかりのあるゲストを迎えて大丸心斎橋店を巡ってもらう「PROFESSIONAL‘S EYES」。今回は、建築家の岸上純子さんを迎え、「未来につなげる1カ月」と題し、心斎橋PARCOとタッグを組み、SDGsに向けてイベントなどの取り組みをする大丸心斎橋店を訪問。建築家の視点を交えながら、持続可能な心斎橋のまちづくりについても語ってもらいました。
「今、『大阪建築コンクール』の運営委員を担当してるんですが、3年前に審査の同行で大丸心斎橋店を訪れたとき、ふだんは見られないような建築の裏側を見せていただいたんですね。そのときに、屋上にも上がり、そこで養蜂をしていると初めて知りました」
大阪府建築士会が主催するこのコンクール、大丸心斎橋店は、「御堂筋の顔として永く愛されてきた大丸心斎橋店本館。W.M.ヴォーリズによって設計された御堂筋側ファサードと内装の一部ほかを保存し、優れた建築と景観を継承するための多大な努力に敬意を表したい」と、令和4年度の大阪府知事賞を受賞しました。残された建築の裏側を垣間見た岸上さんは、その技術に感銘を受けると同時に、心斎橋という都会のど真ん中で養蜂をしているということにも驚かされました。
「未来につなげる1カ月」では、大丸心斎橋店の屋上で養蜂をして採蜜をする「心斎橋はちみつプロジェクト」を広く伝えるために、大丸心斎橋店本館7階のレストコーナーで、イラスト展を展開しました。このコーナーを訪れた岸上さんを案内するのは、大丸心斎橋店のSDGs担当、森田瑛美です。
「若いイラストレーターやアーティストを発掘するイラスト・デザインコンテストのプラットフォーム『ARTEE』さんのホームページで作品を募集し、投票で選ばれた上位10作品と、心斎橋はちみつプロジェクトメンバー選定の1作品を展示しています」
イラストを見ながら岸上さん、「まさか、百貨店の屋上で養蜂をしているとは思わないですもんね」
大丸心斎橋店本館の屋上は、地上約60mの位置にあり、約900㎡の面積があります。2019年のグランドオープンで設けられ、2021年から蜂の巣箱を置き、「心斎橋はちみつプロジェクト」として、今年で4年目を迎えます。
「大丸心斎橋店の屋上を飛び立ったミツバチたちは、大阪城公園など半径約3km圏内で蜜源を探し、蜜を集めてきます。街にミツバチが行き交うことで、生態系が循環し、生き物のつながりができたり、緑化につながることになります」
都市養蜂が、持続可能な開発目標、SDGsの「陸の豊かさも守ろう」につながるという森田の説明に、岸上さんは「都心に緑があるということは大切ですよね。私は、梅田の近くの中津に事務所と住居を構え、地元のまちづくりの活動もしていますが、今年9月にうめきたエリアにオープンした『グラングリーン大阪』は緑あふれていて、平日でもびっくりするぐらい多くの人が訪れています」
大丸心斎橋店みつばち担当として大丸心斎橋店ホームページで「ブンブン観察日記」を発信している森田。
「採れたはちみつは、地下1階にある『ラベイユ』さんで『心斎橋のはちみつ』として販売されています。館内の飲食店でこのはちみつを使ったメニューも開発してもらうなど、プロジェクトを知ってもらうためにいろいろな活動をしていますが、今回イラスト展を企画したのは、若い世代の人にも知っていただき、広まっていけばいいなと思ったからです」
建築や都市計画のプロジェクトのとき、イメージ図などのビジュアルを作成することが多いという岸上さんは、「ビジュアルはとても大事だなあと思います。それがかわいかったり楽しげだったりすると人を惹きつけることもできますし、まず目に入ってきますからね。」
これから、このようなイラストが商品パッケージなどにも採用されると面白いかもという岸上さん。今度は、屋上で採れた蜜を商品化した「心斎橋のはちみつ」を販売している「ラベイユ」を訪れました。
「シンプルなパッケージデザインで、大人っぽく上質な感じがしますね」
「ラベイユ」で販売されている「心斎橋のはちみつ」をひと目見て、印象をコメントしてくれた岸上さん、「今年は、この瓶何個分ぐらいのはちみつが採れたのですか?」と素朴な質問をスタッフの松浦夏美さんにします。
「今年採れたはちみつは400kg。暑かったこともあり、ミツバチがいっぱい採蜜してくれました。この小さい方の瓶は36g入りなので、単純計算すると11,500個分になります」と松浦さん。
採蜜量の多さに驚く岸上さんは、さらに「年によって、味が変わったりするのですか?」と質問。
「変わります。今年はお花の香りがしっかりするねとか、去年のほうが甘みが強かったねとか、そういう違いがありますね。自然のものなので、そのときに咲いている花とか、雨量など気候の影響を受けるんです」と松浦さん。
試食をすすめる松浦さんに「ぜひ!」と岸上さん。「心斎橋のはちみつ」をスプーンひとさじ口に入れると…。
「お花の味がする! はちみつって、今まで甘さだけの印象が強かったんですけど、それだけじゃないですね。何の花やろう? 花の香りがとてもします」
「いろんな花の蜜が混じっている百花蜜です。大阪城公園ですと桜の花とか、あとはアベリアという街路樹の花などが主に入っています。まったりまろやかなんですけど、キレがよくてくどくないという味になっているかと思います」。
今年の「心斎橋のはちみつ」のテイストについて、松浦さんがそう説明してくれました。
屋上での採蜜は、「ラベイユ」スタッフ、大丸心斎橋店スタッフが担当しますが、松浦さんは今年の採蜜を担当したそうです。
「約20万匹のミツバチが屋上から飛び立ちますが、健気に蜜を集めてきてくれてとても愛おしいです。ミツバチ一匹が一生で集められる蜜の量って、わずかスプーン一杯分ぐらいなんですよ。その一杯のために飛び回ってくれて…わが子みたいにかわいいです」
ミツバチたちの働きに感心しながら岸上さん、「仕事で、いろんな場所に行かせていただくのですが、いつも大阪土産に悩んでいて…この『心斎橋のはちみつ』は、コテコテな大阪でなく、おしゃれでいいですね。ストーリーがあるから、話を添えて贈れる手土産になりそうですね」
屋上から飛び立つミツバチたちに想いを馳せたあとは、地についた活動を、ということで、「未来につなげる1カ月」期間中に設置されているクリーンアップステーションの現場へ向かうことにしました。
このクリーンアップステーションは、心斎橋PARCOと共同で設置。館外の一角にごみ箱や掃除道具を用意し、清掃活動を呼びかけるためのものです。
「まちづくりをするとき、まず掃除からしろとよく言われるんですよ。なぜなら掃除をしてると視点が変わってくるんですよ。こういうところにごみが捨てられやすいんだなということがわかるし、特に都心って視線が上がるって言われるんですね。高いビルや看板など目立つものがあるので、上のほうを見て歩く人が多くて足元を見ていない。ごみ拾いすると足元を見れて、まちづくりのヒントを見つけることができると思っていて。子どもたちといっしょにやるときは、ごみ拾いが子どもにとっては宝探しになるんですよ」
まちづくりとクリーンアップのいい関係について語ってくれた岸上さん。さらに、スタッフが着ているハッピを見てこう続けます。
「お揃いのハッピを着るのもいいですよね。ユニフォームを着ていると、ごみ拾いをして人と人がつながる感じが出てくる。着ていると声をかけやすくて、特に大阪の人ってよく声をかけてくれるじゃないですか。ただ個人的にやっているのではなく、何か意思、考えを持って、みんなでやっていることがわかるし、ユニフォームを着ているとコミュニケーションしやすくなるんじゃないかな。まちづくりの輪に関わりたい人が広がっていくような気がしていて、すごく大事だと思います」
岸上さんの話を聞いた森田は、「今回はスタッフの分しかハッピを用意できなかったんですけど、これからは一般参加者の分も用意したり、デザインもブラッシュアップしていければいいですね」
街をきれいにするイベントを見たところで、こちらも心斎橋の美化を目指す活動を見に、大丸心斎橋店南館6階の特設会場に赴きます。こちらでは、生ごみを堆肥に変えるコンポストの堆肥の相談&回収会イベントが行われていました。
こちらでご案内するのは、大丸心斎橋店の井関亜希子。大阪外商部で業務に従事する傍ら、従業員食堂から出る生ごみをコンポストで堆肥化する活動もしています。
「コンポストは、店内のごみを少なくするという課題を解消するために始めたのですが、一方で大丸心斎橋店前の御堂筋の歩道に花壇を設置し、街の美化にも協力できればと思い、堆肥を花壇に活用しています」と井関。
この日のイベントはコンポストでできた堆肥の相談&回収会。お客様が家庭でつくった堆肥を預かり、大阪での連携農家の方に預けて活用していただこうというものです。
「この活動は、ローカルフードサイクリング株式会社(LFC)さんの力を借りて取り組んでいるのですが、この「LFCコンポスト」は、バッグに生ごみを入れていくとだんだん分解が進んで堆肥となっていきます。LFCさんでは、使いきれない堆肥をこのような回収会で預かり、連携農家さんにお渡しし、その農作物をマルシェで販売されたりして、循環する生活の大切さを伝えています」
井関の説明に、「いいですね。まさに循環していくわけですね」と岸上さん。キットを見て、「バッグがおしゃれですよね。それは大事なこと。電車に乗って持ってきても違和感がなくて、まさか堆肥が入っているとは思わないですよね。軽いし無理なく持ってこれそうです」
こうしてできた堆肥を活用した花壇は後ほど見に行くこととして、この特設会場では、衣服のリユース(廃棄物を減らすことで自然環境への負担を抑えるための取り組み)のイベントも同時開催されていました。
ご不用になった衣料品・靴・バッグを回収するエコフキャンペーン。着られる、使えるものは海外でリユースし、着られないものは国内でリサイクルするという取り組みです。
さらに、日々廃棄されてしまう古着や生活衣類を、草木染めによって蘇らせる取り組み「Re:染め」を行っているWUYの藍染めワークショップも行われていたので、岸上さんも急遽参加することに。
白い無地の布を染めるのですが、ボーダー柄にするために、間隔を開けて輪ゴムで布を縛っていきます。
藍色に染めあがった布を見て、「いいですね。スカーフがわりになりますね」と岸上さん。
「中津商店街の中にも草木染めや味噌づくりなどのワークショップを時々されているお店があって、自然に関わるいろんな活動をしているんです。こないだも土で染めるというワークショップをやっていましたが、自然のもので染めるのは、どんな色に染まるのかの楽しみもありますし、環境にもいいですよね」
コンポストによってできた堆肥を撒いている花壇を見に、御堂筋の歩道まで足を運んだ岸上さん。
「歩道がかなり広くなりましたね。井関さんの想いがこもったこの花壇をきっかけに、もっともっと花や緑が増えれば、御堂筋を歩くのも楽しくなると思います。そして、屋上のミツバチがこの花壇に降りてきたらいいのに。足元すぎて気づかないですかね(笑)」
学生時代は、滋賀県の豊郷町にあるヴォーリズ設計の小学校の保存運動に関わっていたほど、W.M.ヴォーリズが大好きだという岸上さん、「歩道がこれだけ広くなると、大丸心斎橋店のヴォーリズ建築のファサードがよく見えてきますね」
確かに、今まで御堂筋側の歩道はかなり狭く、歩いていても大丸心斎橋店の建物はなかなか目に入ってこなかったのですが、拡張された今は、より視界が広がって建物が見えやすくなっています。
御堂筋の歩行者が歩くスペースが拡張し、景色が変わりつつある心斎橋。これからどのような街を目指すとよさそうか、さらに深く聞くために、大丸心斎橋店本館5階にある「サロン ド テ ヴォーリズ」に向かいました。
「へえ〜、こういうカフェがあったんですね。知らなかったです」
ヴォーリズ好きの岸上さん、ヴォーリズ建築のデザインをイメージした内装、ヴォーリズの代表的建築の写真が飾られた「サロン ド テ ヴォーリズ」に入った途端、うれしそうな表情を見せます。
メニューを見て、どれにするか思案中の岸上さん。お昼どきということもあって、店内に広がるカレーのなんともいえないいい香りに誘われて、ビーフカレーを注文することに。
「カレー、好きですね。中津にもおいしいカレーの店がいっぱいありますね」
あらためて、御堂筋側に残されたヴォーリズ建築について話を聞きました。
「『大阪建築コンクール』の審査のときに図面を見せてもらったんですけど、めちゃくちゃ細かくて緻密なんですよ。今の時代にはここまでレリーフや照明等の細かいデザインをしないので、ワクワクして見ていました。その貴重な建築が残されてよかった。竹中工務店さんの建物を切る技術があったから、きれいに残されたんだなぁと思います。ヴォーリズの建築って昔から結構天井高が高いんですよ。だから今の商業空間にもアジャストしたんじゃないですかね」
界隈のシンボルとなるような、すばらしい建築が残された大丸心斎橋店が、街がもっとよくなるためにできることについて聞いてみました。
「大きな街になればなるほど、人の顔って見えなくなるじゃないですか。でも今日やってた掃除などを通して、“百貨店の人”ではなく、個人的に知り合いになっていくと、多分街って小さいところからでも変わっていく気がするんです。そのきっかけとして、花壇づくりもそうですけど、ちゃんと外に出て活動するのは大事なことのような気がします」
まちづくりをするうえで、人の顔が見えてくることがとても重要だという岸上さん。拡張された御堂筋の歩道を活かすことは、それができるいい機会なのではと言います。
「私の事務所は、中津商店街の中にあって、ガラス張りですごくオープンにしてるんですけど、ガラス1枚あるとやはりバリアがあって。だからもっと地元と関係をつくりたいなと思って、屋台をやっています。路上で活動するとより関係性をつくりやすいんですよね。みんなが声をかけてくれるし、ふらっと寄ってくれたりするし。それがオープンスペースのよさかなと思うので、歩行者空間がどんどん広がった御堂筋のオープンスペースを、沿道のお店が拡張する感じで使えるといいなと思いました」
他から何かを持ってくるのではなく、沿道にある店舗や企業が目の前のスペースを生かすのが活気につながるという岸上さん。
「海外でも、ストリート沿いにあるレストランやカフェで、外の路上で食べたり飲んだりしている風景ってすごくいいですよね。大丸心斎橋店は、ヴォーリズ建築もあるいい空間で高級感があるだけに、特に若い人などは入るのに少しハードルがあるかもしれませんが、そういう人が気軽に入れるような誘導ができればよさそうですよね。『心斎橋のはちみつ』も外で売ればいいんじゃないですかね」
岸上さんいわく、東京・池袋のグリーン大通りでは、銀行も店の前に拡張し、賑わいが生まれ、沿道の関係性もできて、いい道の使い方になっているそうです。
「『ほこみち』とかの制度で、どんどん道路空間が車のためでなく人のためにという方向になっていて。だから御堂筋は日本でめちゃくちゃ注目されてるんですよ。視察もすごく多いし。心斎橋あたりの沿道にはハイブランドのショップが多くてショーウインドウになっているので、店の前には出しずらいかもしれないですけどね」
最後に「未来につながる1カ月」の取り組みを見た岸上さんに、これからやっていけばいいと思うことを聞いてみました。
「まちづくりって一発で成功というのはなくて、とりあえず小さいことから始めるのがいいと言われていて。いきなり100%までやって失敗しちゃうとすごくへこむし。どこに戻ったらいいんだろうとなるから、ちょっとずつやって、ちょっとずつブラッシュアップしていくのがいい。だから懸念点や心配事があっても、チャレンジしながら長く続けていくことが大切と思います。ちょっとずつごみ拾いを広げていって、新たな目的や次のステージが見えてきたら、次のことにチャレンジしていくのがいいんでしょうね」
SDGsの目標のひとつである「住み続けられるまちづくりを」を目指して、心斎橋がよりよい街になっていくために、これからも小さなことから少しづつ続けていきたいものです。
1979年大阪生まれ。神戸大学大学院終了後、坂倉建築研究所勤務を経て、SPACESPACE一級建築士事務所共同主宰。中津商店街の中にある大正2年築の長屋を2017年に購入。2年をかけて自ら住居兼事務所としてリノベーション。住宅や店舗、複合施設などさまざまな建築の設計を行う傍ら、商店街の活気ある存続を望み日々活動している。事務所の前で、「ツキイチ屋台」を始め、今は常設店オープンも画策中。
※今回掲載の内容は2024年11月6日現在の情報を掲載しています。
写真/コーダマサヒロ 取材・文・編集/蔵均 WEBデザイン/唯木友裕(Thaichi) 編集・プロデュース/河邊里奈(EDIT LIFE)、松尾仁(EDIT LIFE)
大阪の第一線で活躍する方々と一緒に、生活を豊かにする視点、もの選びのコツに迫ります。館内の注目アイテム、心斎橋のお気に入りスポットをご紹介。心地よい暮らし、大阪のシビックプライドを求めて。
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