百花の人
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藤井ふじい 信二しんじ メムロピーナッツ株式会社

前例のない落花生栽培に挑む芽室の若手農家

百花POINT

近年、北海道内で収穫量が増えており、道の「新顔作物」として認定されたばかりの落花生。JAめむろ青年部が落花生の試験栽培を始めたのは2009年のことでした。若手農家集団が引き継いだ活動が実を結び、2023年にJAめむろ落花生生産組合が誕生。初代生産組合長、メムロピーナッツ株式会社代表取締役の藤井信二さんをご紹介します。

取材者
私が取材しました! 千葉 美奈子 大丸札幌店 営業推進部

藤井さんの人柄の良さや行動力が、〈メムピー〉を大きくしているんだなと感じたインタビューでした。仲間と一緒に最後まで諦めずに試行錯誤して育て、好きを貫き通して仕事にしている姿勢がとてもカッコ良かったです。(粒が大きくて、とっても美味しかったです!)

PROFILE

藤井 信二 ふじい しんじ

メムロピーナッツ株式会社

1982年北海道芽室生まれ。20歳で販売業に就いた後、31歳で家業を継いで就農。JAめむろの青年部に所属し落花生の試験栽培に取り組む。2017年にメムロピーナッツを 立ち上げ、仲間4名と本格栽培を開始。2023年7月に発足したJAめむろ落花生生産組合の生産組合長に就任。

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落花生は「自分の作物だと思えた」という藤井さん

JAめむろ青年部の落花生試験栽培が、いつしかライフワークに!

「小学生の時に、農業は継がないと固く心に決めていました」。芽室町の農家5代目41歳の藤井信二さんは、幼少期に家業の手伝いをしながら、農業はつまらないと感じていたそうです。家は継がずにアパレルや携帯電話ショップの店員として忙しく働いていた頃に結婚し、子どもが生まれたことが大きな転機に。行事ごとに休日を合わせて家族の時間が持てるよう、31歳で農業を継ぐことを決めました。

「とはいえ、やっぱり自分にとって農業はつまらなかった。うちは、ジャガイモ、小麦、ビート、小豆という“十勝の4品目”を生産しています。昔から栽培してきた作物ですから、当時は父に教えられる“やらされ仕事”に思えてしまったんです」と、藤井さんは当時をふり返ります。ちょうどその頃、入ったばかりのJAめむろ青年部で出合ったのが、新規作物の栽培に取り組むプロジェクトとして2009年から進行していた落花生の試験栽培でした。

「北海道で落花生栽培をする事例が少ない中で、この栽培方法はどうだろう?この機械を使ったらどうだろう?と考えるのがとにかく楽しくて。すでにスタートしていた試験栽培でしたが、“自分の作物”だと思えたんですよね」。未知なる挑戦が、新米農業人となった藤井さんの心に小さな火を灯しました。

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甘みが強いと言われている芽室の落花生

落花生のおもしろさに魅せられて。若手農家集団で本格栽培をスタート

2009年に始まった青年部の試験栽培は、2016年に終了。

「ある程度、栽培できる感触はありました。それに、仲間と挑戦していた作物の栽培ができなくなるのは寂しい思いもあって。いつか自分の畑で作りたい気持ちもありましたから、『自分たちで落花生を作りたい。一緒に作りませんか?』と声を上げました」。

藤井さんは2017年にメムロピーナッツ、通称「メムピー」を立ち上げ、4人の仲間と落花生栽培を本格化。農業の大先輩であるお父さまは、落花生のことに関しては口を出さず、あえて距離を取りながら見守ってくれたそうです。

十勝で落花生を栽培するうえでもっとも苦戦したのは、積算温度でした。

「芽室の落花生は甘みが強いと言われます。他の作物と同様に、落花生も昼夜の寒暖差によって、昼間に光合成した栄養分を夜に蓄えて甘みを増す。しかし、『メムピー』設立の一年後に、主要産地である千葉県の落花生農家を訪ねた際の6月の気温と、粒の大きさを見て痛感しました」と思い返すように、落花生の粒を大きくするには、寒暖差の“寒”を制する必要があったそうです。

落花生は花が開花した後にできた子房が土に落ち、地中にもぐり込んで実ります。積算温度を稼ぐために、花の時期までマルチと呼ばれるシートで株元を覆って保温。さらにパオパオを呼ばれる不織布を重ね積算温度を稼ぐ栽培方法に切り替えました。

もうひとつ、十勝の農業で避けて通れないのが機械化です。作物として導入するからには、広大な耕地とその収量に対応できる栽培方法でなければなりません。千葉の畑は落花生を手で払えば落ちる“砂”ですが、十勝の畑は落花生の殻に湿り気のある土が残ります。鮮度維持と保存の面からも、芽室の落花生は水洗いをしてから乾燥させる必要がありました。ニンジン洗いの機械で洗うなど、十勝に合った方法を模索。農業を通して普段から農業機械の会社や加工工場との繫がりがあり、なんでも相談できる環境があったことも大きな強みになりました。収穫機は中国から輸入。播種機は『北海道クボタ』の協力のもとで落花生用に開発。手作業だった工程を機械化し、作業効率はおよそ2倍に向上したそうです。現在の収量は10アールあたり乾燥殻付き豆で約400キロほど。大豆や小豆に比べて、約2.5倍~3倍の収益性があるメリットもありました。

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落花生は「自分の作物だと思えた」という藤井さん

人との出会いが劇的に増えて。農業との向き合い方も変化

「農業との向き合い方は変わりました。落花生は、自分にとってのライフワークになりましたから。なによりの変化は、落花生を通してさまざまな業種の人と出会えるようになったことです」と話す藤井さんの表情は、とても生き生きして見えます。

落花生の栽培をしながら、売り先を確保するために居酒屋や販売会を回る営業にも取り組んでいたそうです。「メムピー」の活動や茹で落花生を応援してくれる店やファン、町内や十勝の販売店も増えました。その実績が認められ、2023年にはJAめむろ落花生生産組合が誕生。藤井さんは初代生産組合長になりました。2024年9月現在、生産農家仲間も12戸まで広がっています。

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芽室から十勝、北海道へ。僕らの取り組みが広がったらうれしい

栽培方法について訊ねられたら芽室のノウハウを提供するし、名前にもこだわらないと藤井さんは言います。芽室以外の土地で挑戦してくれたら、北海道流のノウハウが蓄積される。ひとりでできることは限られているから仲間の輪を広げていくしかないと、視線の先はしっかりと未来を向いています。

「十勝が落花生の新たな産地になったらという思いでやってきました。まずは芽室を産地にしたい。それが十勝、そして北海道へと広がっていったらうれしいですね。でも、地域を活性化したいとか、町おこしをしたいとか、未来の子どもたちのためにやっているわけではないんです。結果、そうなったらいいなって。自分で決めて自分で始めたから、この選択を絶対正解にしたいという思いです。この先の目標ですか?『メムロピーナッツ』は、もっともっと拡大していると思います。そういう気持ちでやっていますから」。

最終工程の乾燥に失敗して、すべてを廃棄したこともありました。「楽しむ」の裏側には、選んだ道を正解にするためのあきらめない努力が隠れています。

鮮度が命の茹で落花生は、9月下旬から10月上旬に産地だけで味わえる1カ月間だけのお楽しみ。取材に訪れたのは9月上旬。芽室町の飲食店では、メムロピーナッツの茹で落花生が提供されていました。ホクホク柔らかで、滋味深い甘さを追いかけるようにナッツの風味が広がる茹でたての落花生。北海道各地の秋の味覚に茹で落花生が仲間入りする日は、そう遠くないのかもしれません。

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※本記事の情報は、2024年9月のものです。